犬の肢端舐性皮膚炎とは
犬が特に前足の甲や手首のあたりを舐め続けることで起こる皮膚炎です。皮膚は少し盛り上がって硬くなり、脱毛が見られます。そして、ときに、皮膚炎がある皮膚表面は「びらん」とか、潰瘍とか呼ばれる、ジュクジュクしたり出血したりすることがあります。
肢端舐性皮膚炎は、治療できる原因が背景にあることが多いのですが、その原因を治療してもなお舐め続けることがあります。その場合には、いわゆる日常的な行動として、特別な理由なくただただ舐めるのだと結論づけなければならないことがあります。
治療方法(まずは結論から)
とにかく犬をリラックスさせることが大切です。
- 犬の行動学的な病歴、そして合わせて現在の健康状態を評価します。
- 舐め続けることで皮膚炎が悪化しますので、舐めさせないように対策します。
- 治療対象である基礎疾患の治療を行います。
- 犬が受けている環境や社会的なストレスに対して行動療法を行います。
- 精神薬理学的治療を行います。
- 治療効果を評価します。
治すことは極めて困難ですが、状態の改善は可能なことが多く、飼い主が環境の改善と行動療法を積極的に行えば、治る可能性があります。
犬の肢端舐性皮膚炎は、ヒトの強迫神経症と類似したものだと考えられていて、ヒトの強迫神経症の疾患モデルとされています。
これは、どういうことかと言いますと、ヒトの強迫神経症の研究において、大変よく似ている犬の病気である肢端舐性皮膚炎を同時に研究することで、ヒトの強迫神経症という病気をより多くの角度から調べることができるということです。
犬の肢端舐性皮膚炎でも、ヒトの強迫神経症でも、脳の前頭葉・大脳基底核・視床回路の機能不全があることがわかっています。そして、神経伝達に関わるセロトニン作動性伝達物質系の機能不全があることもわかっています。
すなわち、脳の働きに異常があることがわかっているために、治療は簡単ではありませんし、なかなか治療効果を認めることができないことがあります。
治療の中で、行動学的な病歴を評価すると、肢端舐性皮膚炎は、退屈をしている犬によく見られる傾向があります。
強迫行動に関係していること
- 環境ストレス
- 緊張
- ケージ内で過ごす時間
上の3つの項目の起こる頻度や、その時間の長さが強迫行動、すなわち、舐めるという行動につながることが多く、そのお頻度や時間が治療の難しさや治るまでの時間に関係します。
舐めさせないような対策
- 舐めているところに包帯を巻く
- エリザベスカラーを使う(これ自体が過度なストレスになることがあります)
基礎となる治療可能な疾患を治療します。
犬の肢端舐性皮膚炎では、細菌感染が見られることがほとんどであるために、抗菌薬を長期間必要とすることが多いものです。細菌の感染があるから犬が舐めるのではなく、舐め続けた結果として、細菌感染が起こっておりことが多いために、抗菌薬だけで細菌が減れば犬が舐めなくなる訳ではありません。そもそもの舐める原因はまだ残っています。
炎症と痒みを軽減させる目的で、外用薬(塗り薬)を使います。また、アレルギー性皮膚炎があるかどうかの検討も必要です。
犬がいる環境の改善を行います。
- 犬によって、本来運動量が多く必要なはずなのに、なかなか運動の機会がなくケージ内で過ごすことが多い場合、強迫行動が見られることが多くなります。
- 適切な量の散歩を積極的に行います。
- 遊びのかなでおやつをもらえるようなデンタルコングなどを使って遊ばせてみます。
- 犬の特性に合わせた活動をさせる機会を作ります。(スポーツ、穴掘り、群れを集めさせる←これは難しですよね、など)
- 飼い主と散歩をしながら、服従訓練や臭いの追跡ゲームなどをさせて見ます。
- ヒトに対する社会化を行わせる。(これは、生後4か月までに行う必要があります。)
- 犬が飼い主家族と接触する機会を増やす必要があります。
基本的に、これらの環境改善が困難だったり、飼い主の生活スタイルからそもそも無理だったりすることが多く、結果的に犬の肢端舐性皮膚炎が必然のできごととして起こっていることもあります。
そうであれば(飼い主が犬との時間を十分に作ることができなければ)、治すことはさらに難しくなります。
犬が受けている環境や社会的なストレスに対して行動療法を行います。
- 犬を不安にさせない。また攻撃的にさせたりする環境を作らないようにします。
- 犬を安心させて、穏やかな状態にさせます。そのときに、飼い主は犬とアイコンタクトを取り、声をかけ、おやつを与えるなど、犬が喜ぶことを提供するようにします。
- 飼い主は犬が安心して穏やかな状態でいるときには、できるだけ犬に寄り添って関係を作るようにします。
- 手、または足を舐めていた時間を他の行動に変えるよう、噛むおもちゃを与えたり、運動をしたり、遊んだり、休ませたりします。
こう見てみると、やはり肢端舐性皮膚炎を示す犬の飼い主には、治療のために犬と過ごす十分な時間が必要だということがわかりますが、これがなかなか困難なことだということも理解できますよね。
精神薬理学的治療を行います。
これは、薬を使った治療です。とても重要なのは、薬だけで解決はしないということです。行動療法と合わせて精神薬理学的治療を行う必要があります。
具体的には、セロトニン作動性神経調節薬を使います。いくつかの薬がありますが、効果の発現まで6ー8週間はみる必要があります。それも行動療法を合わせて行う必要があります。そして、効果が見られないこともありますので、そのときには、薬の量を増やす必要があるかも知れません。
この他にも、肢端舐性皮膚炎に有効だと認められている薬があります。一部のオピオイド拮抗薬です。
犬の皮膚炎が治り、肢端を舐めなくなっても、薬はある程度長期に使う必要があります。また、薬を中心する場合には、できるだけゆっくりと減らすことが大切で、せっかく治った皮膚炎なり舐めるという行動なりがすぐに再発しないように慎重に行います。
犬の特性に配慮した生活を送らせてあげること。飼い主との関係を作ってあげること。飼い主が犬と過ごす時間をしっかりと作ること。などなど、多忙な飼い主さんには厳しいこともあります。そして、それらを努力してもなお解決しないこともあります。
これを機会に、犬との時間をもっと持てるようにするのも良いことではないでしょうか。
私も犬を飼っています。この記事を書きながら、私自身、反省しなければならないことが多々ありましたよ。