犬の角膜潰瘍とは、角膜が欠損した状態をいい、様々な程度のものがあります。程度を深さで分類すると、上皮だけ、固有層まで、デスメ膜にまで及ぶもの、穿孔を伴うものがあります。原因には、外傷、眼瞼やまつ毛の異常など、目に起こる外からの刺激によるものと、涙液減少、閉眼不全による眼のバリア機能に問題があり、起こるものに分けられます。通常、表層性の角膜潰瘍は、数日から1週間程度で改善します。治療には点眼薬を使います。
おことわり:この記事では、目と眼という言葉を使っております。目と眼の違いは、目が眼球やその周囲組織全体を表すのに対し、眼は眼球のみを表します。本来全て目としても良いところですが、あえて区別して書いております。
角膜潰瘍は、潰瘍の深さによって分類されていますが、今回は、最も一般的で、最も浅い、犬の表在性角膜潰瘍についてお話します。
この記事では、犬が目をしょぼしょぼする原因で、最も多い角膜潰瘍を現場で治療をおこなっている獣医師が解説します。この記事を読むと、犬の角膜潰瘍がよくわかるのと同時に、なぜ起こるのかがわかったり、ときに起こる、トリミング後の角膜潰瘍について理解することができます。
下のようなことはありませんか?
- 犬が突然、目をしょぼしょぼさせている
- 痛そうに涙が流れている
- トリミングの後で起こった
- 散歩の途中で起こった
- 目の周りが痒くて、手足、または床で擦って起こった
- 犬同士でケンカして起こった
犬の角膜潰瘍には、外からの刺激によるものと、バリヤ機能に異常があって起こる場合があります。どちらもとても大切なことですので、経験がある方は、最後まで読んでみてください。
犬の角膜
犬の角膜を説明してから、本題に入ります。
犬の眼球を断面図で描いてみました。角膜とは、最も表層にある組織です。これをさらに拡大します。
<犬の角膜>
角膜の拡大です。表面から、角膜上皮、基底膜、角膜固有層、デスメ膜、そして角膜内皮という順で深くなります。犬の角膜は、厚さが0.5mmから0.6mmほどです。角膜の厚さは、ヒトとほぼ同等です。角膜の90%を占めるのが、角膜固有層です。
角膜潰瘍とその分類
角膜潰瘍は、角膜上皮が欠損したり、基底膜や角膜実質が破壊された状態を言います。角膜潰瘍を確認するために、動物病院で緑色に染めて検査を行いますが、これは角膜固有層が染まることを利用した検査方法です。
・表在性角膜潰瘍
・深在性角膜潰瘍
・デスメ膜瘤
角膜潰瘍は通常、表在性角膜潰瘍と深在性角膜潰瘍、デスメ膜瘤に区別されます。表在性角膜潰瘍は、角膜上皮が欠損して、表層の角膜実質が露出した状態を言います。
深在性角膜潰瘍は、角膜潰瘍が進行し、潰瘍底(くぼみ)に、デスメ膜の飛び出しがない状態を言います。
デスメ膜瘤は、角膜潰瘍が進行し、潰瘍底(くぼみ)に透明なデスメ膜が小さな膨らみとして飛び出した状態を示します。
<表在性角膜潰瘍の詳細>
犬の眼に傷がついて、動物病院で緑色の蛍光色素を使った検査を受けた犬は多いと思います。そして、目薬で治るのが一般的です。今回は、角膜潰瘍の中で、特に表在性角膜潰瘍を掘り下げます。
この傷ですが、本来は犬の眼には日常的に傷がつきます。その日常的な傷は、潰瘍というまで深いものではありません。それが、自然に傷を治す力、修復機能によって大したことないうちに治るのです。その修復がうまくいかない場合、傷が傷のまま残ります。
角膜の上皮化とは
角膜上皮が欠損しても、また再生しますが、その過程を上皮化と言います。
<目に傷があるというより、上皮化に時間がかかっている>
眼に傷があるというよりも、正しくは、いつもはわからないうちに治るのに、修復に時間がかかることがあるということです。もちろん傷が大きければ、単純に治るのに時間や日数がかかることはありますし、ときに手術が必要なこともあります。
日常的に眼にできる傷の修復が始まるのは、傷ができてから10分程度してからです。上皮化と呼ばれる修復過程が開始されます。しょぼしょぼするなどして、目を痛そうにしているということは、傷があるからというよりはむしろ、傷の修復がうまくいっていないからということになります。
この傷は、角膜潰瘍であれば、10分後から上皮化が始まり、浅いものではかなり早い段階で傷が埋まります。そして、やや大きめの潰瘍ですと、5-7日ほどかかって修復されることがあります。
トリミング後に起こる角膜潰瘍
角膜潰瘍の原因とされる、目が外から刺激を受けて起こる場合と眼のバリヤ機能に問題があって起こる場合がありますが、トリミングの後で起こる角膜潰瘍のほとんどは、眼にバリヤ機能に起こる問題が関係しています。それはなぜでしょう?
角膜に乗っている液体の層があります。最も表面から脂質層、水分層、ムチン層があり、ここまでが液体の層です。トリミングでは、この液体の層が洗い流されたり、涙の量が減少することで、角膜のバリヤ機能が低下します。次に角膜上皮として、表層細胞、翼細胞、基底細胞、そして基底膜と続きます。基底膜のさらに深層には、角膜固有層があります。動物病院の検査で緑色に染まるのは、角膜固有層です。
基底膜には、神経があり、これが露出することで痛みが出ます。目をしょぼしょぼするのは、基底膜の神経が露出することで起こる痛みが原因です。
トリミングに関係なく起こることがほとんどですが、トリミング後に起こることもあります。角膜潰瘍の原因とされる、目が外から刺激を受けて起こる場合と眼のバリヤ機能に問題があって起こる場合がありますが、トリミングの後で起こる角膜潰瘍のほとんどは、眼にバリヤ機能に起こる問題が関係しています。
トリミングの後から目をしょぼしょぼし始める犬がいます。そして、トリミングでは何もなかったのに、うちに帰ったら目をしょぼしょぼさせ始めた経験をお持ちの方は多いと思います。
なぜトリミングの後なのでしょうか?
犬がトリミング後に目をしょぼしょぼするには、いくつかの原因が考えられます。全ての原因が解明されているわけではありませんが、一つは、眼の表面の保護膜である脂質層、水分層、ムチン層の液体の層がシャンプーやシャワーなどによって流されて、バリヤ機能が低下することで、眼の表面が無防備な状態になることです。シャンプーを使わなくても、シャワーだけでも、ときには、目を洗うための精製水でも、量によってはムチン層が洗い流されてしまうことがあります。
ここに日常的な小さな傷ができると修復に時間がかかったり、その間に痛がってしょぼしょぼすることになります。そして、動物病院に行くと、緑色の蛍光色素(フルオルセイン)を使った検査を受けて、傷があるという話をされることになります。
シャンプーやシャワー以外にも、さらに傷を治り難くしているものがあります。それは、涙の量の減少です。ヒトも緊張して口が渇くことがあります。犬も同様に、何かしらの環境の変化や緊張で、涙の量が一時的に減ることがあります。
トリミングの際、飼い主さんから離れることを嫌がる犬や興奮しやすい犬では、特に涙の量が減少しやすいものです。
・シャンプーやシャワーで角膜上皮の上にある脂質層、水分層、ムチン層が洗い流される
・緊張や興奮などで涙の量が少なくなる
・ドライヤーの風で眼球が乾きやすい状態になること
上のようなことで、眼のバリヤ機能が低下します。そうして日常的に起こっている眼表面の傷の修復が普段どおりにはいかなくなります。
これがトリミング後の角膜潰瘍の概要です。
トリミングに行く前には、何ともなかった目が、トリミングから帰ってきたらしょぼしょぼしていると、トリミング中に何か問題があったのではないかと心配されるのは当然かも知れません。しかし、上記のとおりで、トリマーさんが何かミスをして起こることはほとんどないと考えるのが自然です。
犬は目の周りにも毛がありますので、眼球にシャンプーが全く入らないように洗うことは非常に困難です。どうしてもわずかながら入ることもあります。また、同様に、眼球にドライヤーの風が全く当たらないようにすることも困難です。細心の注意をしても、ある程度はドライヤーの風が当たることがあります。そして、涙の量をコントロールすることも困難です。
角膜潰瘍は短頭種によくみられる
角膜潰瘍は、どの犬にも起こりますが、短頭種と呼ばれる犬種に多く見られます。短頭種に多いのには理由があります。実は犬の眼の大きさは、犬の種類を問わず、ほぼ同じ大きさです。しかし短頭種は、眼球が収まっているくぼみ(眼窩)が浅いのです。すると何が起こるかと言いますと、やや目が飛び出すことになります。すると瞬きをしても、目の中央に涙が乗りにくいのです。
涙は、目の表面の傷を治すのにとても重要な働きをします。ですから、短頭種に起こりやすい角膜潰瘍は、まばたきをしても涙が残りにくい目の中央に起こりやすいのです。
通常の角膜潰瘍の原因となるものには、次のようなものがあります。
<外からの刺激がある場合>
睫毛異常、眼瞼内反症、外傷、異物、化学物質、細菌、ウイルス、真菌、
<眼のバイヤ機能に問題がある場合>
角膜の乾燥(乾性角膜炎など)、免疫異常、角膜上皮の発育不全など
犬の表在性角膜潰瘍を治療する
表在性角膜潰瘍の治療は、抗菌薬点眼と、ヒアルロン酸ナトリウム点眼を基本とします。ときに、自家血清と言って、自分(犬)の血液から血清を分離して点眼薬とすることもあります。この自家血清は、作ってから48時間が使用期限ですが、効果的な治療薬になります。
表在性角膜潰瘍で涙の量が正常であれば、通常は1週間程度でしっかりと治りますし、傷が浅ければもっと早くに治ります。ときに、目をしょぼしょぼさせて涙もいっぱい出ていたけど、すぐに連れてこれなくて、という飼い主さんがあります。今はしょぼしょぼだけは治りましたと。傷でも入ったのかも知れませんね、と、フルオルセインテストをしますと、陰性という結果になることがあります。これは、傷(角膜潰瘍)ではなかった可能性もありますし、角膜潰瘍だったけれども、比較的早い段階で治ってしまったために、このテストではもう陰性になる程に回復してきているということも考えられます。
私もよく遭遇する病気です。そして、他の獣医師もよくみると思います。しかし、上のトリミング後の角膜潰瘍について、しっかりとした説明が足りないことで、飼い主さんとトリマーさんの関係を悪くすることもありますので、そうならないようにできるだけ病態を把握して、丁寧な説明をしたいと思っています。