【猫伝染性腹膜炎】FIPは、猫の不治の病気です。獣医師が解説します。

猫伝染性腹膜炎(FIP)は、治らない病気です。残念ながら、現在実用化されている有効な治療薬は見つかっていません。

うちの猫は、猫伝染性腹膜炎(FIP)になったけど回復したよ。と、言われる方があるかも知れませんが、ほとんどん場合、それはもともと猫伝染性腹膜炎(FIP)ではなかったと考えるのが常識的であり、妥当です。

まずは、この病気についてその不可解な詳細がわかってくると、上の話の意味がわかってもらえると思います。

まず、猫伝染性腹膜炎(FIP)のFIPとは、Feline infectious peritonitisの略で、Felineのネコ科動物とinfectiousは感染性とか伝染性ということで辞書にも書いてありますが、peritonitisは、腹膜炎ですが、医学的な専門用語ですので、もしかしたら載っていない辞書もあると思います。

そこで、伝染するものは何かといますとウイルスです。ここが厄介です。猫伝染性腹膜炎ウイルスというものがあります。FIPVです。最後のVがvirus、つまりウイルスです。FIPのウイルスだからFIPVです。そして、このFIPVは、コロナウイルス科猫コロナウイルスに分類されます。そして、このコロナウイルス科猫コロナウイルスには、猫伝染性腹膜炎ウイルス以外に、猫腸コロナウイルスがあります。

コロナウイルス科猫コロナウイルス(FCoV)というグループに、猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)と猫腸コロナウイルス(FECV)がいるということです。そして、このFECVは、さして悪さをしません。でも、FIPVは猫に致死的な症状をもたらします。そして、この感染していてもあまり問題にならないFECVと、不治の病いをもたらすFIPVを検査で区別することがとても難しいのです。

もちろん、区別できなくはないので、以下、その検査方法です。

基本的に猫伝染性腹膜炎ウイルスと、猫腸コロナウイルスを抗体検査でも遺伝子検査でも、区別することは極めて困難です。どちらであっても、猫コロナウイルス、すなわちFCoVとまではわかるのですが、その先の細かな分類である、FIPVとFECVを区別できないのです。

でも、FIPVとFECVは、別の場所に存在します。FECVは腸管の中だけ、FIPVは腸管以外にもいます。

すなわち、腸管以外から猫コロナウイルスを検出できれば、それはFIPVであってFECVではないと言えます。

ここに問題があります。

猫伝染性腹膜炎(FIP)にかかった猫は、かなり元気がありませんし、ほとんどが食欲がありません。見るからに弱っています。そして、獣医師は、猫コロナウイルス抗体検査をするはずです。これは血液検査です。すると、一応猫コロナウイルス抗体、FCoV抗体価は高い。そこで多くの場合、猫伝染性腹膜炎(FIP)だと診断することになります。

こんなに元気がない猫で、猫コロナウイルス(FCoV)抗体価が高くなっていれば、それは区別はできないが、 猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)だろうという診断をします。
そこで、もっと追求して、お腹の中から検体を採取して、それを免疫組織学的検査をしてFCoVを検出できれば、それはほぼ間違いなくFIPVだと言えます。ただ、この検査を行うには、時間もかかりますが、もっと大きな問題として、全身麻酔での開腹手術も必要です。

血液検査では、ほぼFIPというところまで診断ができる。もっと確定的に診断をするには、全身麻酔での開腹手術で採取した組織で、免疫組織学的検査を行うことになります。そこまでする獣医師はいないかも知れません。弱っている猫で、ほぼ診断が立っているのに、不治の病いだとほぼ確定しているのに、死の危険を伴う全身麻酔下の開腹手術をするでしょうか。

このようなことで、FCoVというグループのウイルスが存在することは、血液検査でわかるのですが、さらに細かな分類であるFIPVとFECVを区別するのが難しいという訳です。

そうなると、FIPではない他の重い病気の猫が血液検査を受けて、猫コロナウイルス抗体価が高かった場合、FIPという仮診断をすることがあります。しかし、実は高い抗体価はFECVであり、体調不良の原因は実は他の病気だったということは稀なことではなくあり得ます。すると、その猫の体調が回復した時に、FIPになったけど治ったよという獣医師や飼い主が現れるかも知れません。

上記は、かなり細いことですが、この感染症についての基本事項です。

そして、この病気についてさらにわかり難いことは、このFIPは、病原性の低いFECVが体内で病原性の高いFIPVに変わったことで起こるという説です。猫コロナウイルス、ここではTECVに感染した猫の一部である0.3-1.3%がFIPになるという訳です。FECVがFIPVに変化するということです。それは、FECV感染猫の0.3-1.3%。もちろん、これも一つの説に過ぎませんし、この%も、確定した数字ではありません。

そして、この説について、米国の猫専門学会が報告している、FECVからFIPVへの変異を起こさせるリスクファクターは次のようなものがあります。


・慢性的に下痢をしている猫
・猫トイレの共有

・人工ミルクで育った猫

・早く離乳させた猫

・年齢の異なる猫との同居

・質の悪いキャットフード

・複数の猫を飼育している施設

・下痢をしているとき、または寄生虫がいるときに、FECVに感染した猫

などなどです。

ただし、上の項目を盲目的に信じたり、慎重な検討なしに用いるべきではありません。

FIPには、腹水が溜まるウェットタイプと、たまらないドライタイプがあります。

腹水が溜まるタイプは、胸水も溜まることもあります。これを抜くか抜かないかは議論がありますが、腹水が多くて苦しいのであれば、抜いて楽にしてあげるのが良いと考えています。やや茶褐色の透明な腹水が特徴ですが、透明な腹水も、胸水もあります。私は濁って、透明ではないものをFIPでは見たことがありません。


そして治療ですが、基本的にはしっかりと効果があると言える治療はありません。なかには、これが良かった、あれが良かったという話があるかも知れませんが、民間療法の域を出ません。

完全な治療法はありませんが、一応使われる治療には次のようなものがあります。

・オザグレル塩酸塩水和物

・プレドニゾロン

・フロセミド

・ネコインターフェロン

私の体験ですが、FIPの猫はやや高めの熱が続きます。

プレドニゾロンで少し解熱することで、食欲が出てくれる子もいます。それでも、熱がやや低くなったりまた高くなったりします。

そして、最終的には衰弱します。

完全な私の主観ですが、本当に大人しくて、優しい猫に多い印象があります。

なんでこの子が、よりによって、そう思うことばかりです。

飼い主さんも、獣医師も、本当に頑張るのですが、どうしてもお別れの日がきてしまうのがFIPです。

まだ実用化はされていませんが、ヒトのエボラ出血熱( Ebola )やSARSの研究で使われるGS-442524という抗ウイルス薬が、FIPに効果があったという報告があります。猫の体重1kgあたり2.0mgから4.0mgを1日に1回皮下注射するというものです。→Google Scholarへのリンク