概要
犬パルボウイルス感染症は、犬パルボウイルス-タイプ2 (CPV-2)の感染で起こる、重度の下痢や嘔吐を主な症状とする感染症です。CPV-2は、感染した犬の糞便や嘔吐物に含まれ、これに口や鼻で触れることで感染します。死亡率が高く、特に生後2か月から6か月までの仔犬でよくみられます。CPV-2の潜伏期間は、感染後4から14日間で、その後に臨床症状がみられるようになります。治療には通常入院が必要で、積極的に治療を行った場合の生存率は90%ほどです。
ワクチンを接種していなかったり、免疫が不十分な成犬も感染することがあります。生後半年未満の下痢をしている仔犬との接触には注意が必要です。犬パルボウイルス感染症を原因から治療する方法はありませんので、治療の中心は、支持療法です。支持療法とは、症状の緩和を目指して行う治療やケアのことで、原因を根本から治すものではありません。無治療での生存率は10%未満とされています。
私の体験上、この病気は短期決戦です。生存する場合でも、できない場合でも、1週間ほどで結論が出ます。
犬パルボウイルスは環境中で1年間ほど感染力を持っています。
ウイルスは目で見ることができないくらいに小さいから注意が必要だね。
*電子顕微鏡では観察できます。
あなたの犬に、下のような症状はありませんか?
- ペットショップやブリーダーから迎えたばかりの仔犬が下痢をしている
- 嘔吐、食欲不振がみられる
- 元気がない
- ワクチン接種を数年行っていない成犬が、下痢、嘔吐、食欲不振
犬パルボウイルス感染症の基本的な情報
犬パルボウイルスには、タイプ1とタイプ2があります。タイプ1は、胃腸や呼吸器に異常をもたらす原因として発見されましたが、通常は感染しても無症状で、何も症状をみせません。問題になるのは、タイプ2で、犬パルボウイルス-タイプ2(CPV-2)と呼ばれるものです。以下、犬パルボウイルス-タイプ2を犬パルボウイルスと記載します。
罹患率と死亡率が高い病気です。罹患率とは、ウイルスに接触した犬のうちで、感染が成立し、症状がみられる割合です。つまりは、ウイルスに触れたけれども、感染が成立せずに、何も症状がみられない犬は少ないということです。
<感染の流れ>
まず、感染犬の糞便や嘔吐物に、直接または間接的に接触した犬が感染します。潜伏期間は、おおよそ3-4日間が多く、最長で14日間です。潜伏期間の後で、犬は下痢や嘔吐などの症状をみせます。この下痢や嘔吐物にもウイルスが含まれています。感染犬がウイルスを放出する期間は、感染後3-4日から4週間ほどですが、感染力のあるウイルスを放出する期間は、14日間ほどとされています。
つまりは、感染犬がウイルスを放出するのは4週間。でも、初めの2週間のうちに放出するウイルスには他の犬に感染する力があり、それ以降に放出されたウイルスの感染力は不明です。
口や鼻から犬の体内に侵入したウイルスは、喉、胸腺、その他のリンパ節で複製されます。
感染力のあるウイルスが、環境中にどれくらい存在できるかと言いますと、1年間という研究結果があります。その中で、土壌中で感染力を保てるのは7か月間です。ウイルスの感染力がある期間は、日光や乾燥では短くなりますが、寒い天候ですと長くなります。
どのような病気?
犬パルボウイルスは、細胞分裂が盛んなところ、腸の粘膜にある上皮と呼ばれる細胞や骨髄の中の細胞、造血前駆細胞そしてリンパ系組織を標的として感染します。そして、出血性腸炎、白血球減少症、敗血症および血管障害をもたらします。
腸管は、通常、食べ物、消化酵素、細菌そしてウイルスなど様々なものが通過します。それらに対して、腸の表面にある粘膜上皮細胞には防御的に働くバリア機能があります。犬パルボウイルスの感染により、このバリア機能が破壊され、腸絨毛が萎縮したり、それによって栄養分の吸収が十分にできなくなり、重度の下痢や嘔吐がみられるようになります。
この重度の下痢や嘔吐は、脱水症を引き起こします。脱水は、血液が濃くなる現象ですので、これによって体を巡る血液の量が減ります。さらに、血液が通常よりも酸性に傾いたり、アルカリ性に傾いたりします。そして、血液中のNa(ナトリウム)、Cl(クロール)、K(カリウム)などの電解質異常がみられるようになります。
犬パルボウイルスが骨髄の増血前駆細胞に感染し、この細胞が破壊されると、血液中の総白血球減少症につながります。
腸管のバリア機能が破壊されると、腸管内の細菌が血管に侵入し、体を循環します。これによって、大腸菌性敗血症や細菌が作る毒素による内毒素症、これらに反応する全身性炎症反応症候群が起こり、さらには血液凝固機能が異常に高まるなどして死に至ます。
感染しやすい犬はいるの?
生後2か月から6か月の仔犬でよくみられますが、ワクチン接種をしていない犬では、生後7週齢から12か月で高い感染リスクがあります。ワクチン接種が行われていなかったり、免疫が十分にない場合には、成犬でも感染します。
品種では、ドーベルマン・ピンシャー、ジャーマンシェパード、ロットワイラー、および、アメリカン・ピットブルテリアで感染リスクが高いことが確認されました。
予防方法はあるの?
ワクチン接種をすることで、予防をすることができます。犬のワクチン接種の方法は、ガイドラインがあり、毎年接種しましょうとか、3年に1度で良いとか、あなたの犬にあった方法をかかりつけの獣医師と相談してください。
結論としては、日本国内では、毎年接種か、少なくとも抗体検査をして接種するかどうかを決めることがおすすめです。
特に、高齢犬でワクチン接種はできるだけしたくはないという方は、下の記事を参考にしてみてください。
関連する疾患
犬パルボウイルス感染症に併発する病気があります。
<併発する腸疾患>
・寄生虫症
・その他のウイルス性腸炎
・腸重積
・血液凝固亢進から播種性血管内凝固
・心筋炎から消化器症状を呈し、急死に至る
腸重積とは、腸の一部が、腸管に引き込まれて、重なってしまう状態です。重なった部分が壊死した場合には、腹膜炎や最近の感染症によって死亡することがあります。
播種性血管内凝固とは、体を流れる血液が、血管の中のいろいろなところで固まるとこで、その結果として凝固するための成分が不足し、出血し易い状態になります。
犬にみられる変化→健康な犬との違いは?
嘔吐と下痢がみられ、それによって脱水症状が起こります。全身性に炎症が起こった場合と同じように、発熱、頻脈、頻呼吸などがみられます。
頻脈とは、脈拍数が増えることで、頻呼吸とは、呼吸数が増えることです。
口の粘膜や、まぶたの粘膜などの、見えるところにある粘膜の色が変化することがあります。敗血症によってより赤くなることがあり、また反対に、血液量の減少による貧血で青白くなることがあります。
脱水状態が続くと、血液の量が減ります。それは、循環血液量の減少につながります。このことで、次のようなことが起こります。
・頻脈
・毛細血管再充填時間の延長
・抹消脈拍数が弱くなる
・昏睡
・動脈圧の低下
・血中乳酸濃度の上層
これの中で、血中乳酸濃度の上昇以外は、獣医師が身体検査で確認することができます。血液乳酸濃度の上昇は、検査機器での測定が必要です。
重度の腸炎のために、ほとんどの犬は中等度から重度の腹痛を示します。犬の腹部を触診すると、吐き気、逆流、不快感を誘発します。さらに触診では、腸管が太くなっていることを確認することがあります。これは、腸管に体液が溜まっていることを意味します。直腸検査では、液体状の糞便が認められ、ときに、これには血液を伴います。
診断→どうしたら、この病気と判断できるの?
犬パルボウイルスに感染した犬を診断するには、ウイルスを排泄しているかを検査します。これには、犬パルボウイルス抗原検出キットを使う方法と、PCR検査を行う方法で、便中のウイルスの有無を判定します。通常、動物病院では、抗原検出キットを使います。
抗原検出キットでは、偽陰性という、本当は陽性なのに、陰性という結果が出ることがあります。また、犬パルボウイルス感染症でありながら、検査をするタイミングによっては、便にウイルスが認められないこともあります。検査に適したタイミングは、感染後4日から7日後です。
感度の高い検査は、PCR検査です。ただし、PCR検査には、その結果が出るまでに時間や日数がかかり、生ワクチン接種後4から10日は、偽陽性となることがあります。つまりは、生ワクチン接種によって、ワクチンに含まれるウイルスが便中に排泄されることがあります。PCR検査は、これを感知します。
犬パルボウイルスを検出する検査だけではなく、CBC(全血球算定)を行うことで、白血球数を調べます。犬パルボウイルス感染症に罹った犬の総白血球数は、次第に減少します。これを入院管理をしながら、毎日検査をします。
その他測定する項目
・血中乳酸濃度
・血液生化学検査(腎臓、肝臓、血清アルブミン濃度など)
・尿検査、尿比重
・腹部画像検査(X線、超音波)→異物や腸重積を調べる
・糞便検査→犬パルボウイルスの検出とは別に、寄生虫卵などを検査する
・犬パルボウイルス感染症が強く疑われながら、検査で陰性だった場合には、引き続き翌日も検査を行う
鑑別診断→この病気に似ている疾患
・その他の胃腸感染症(ウイルス、細菌、寄生虫)
・消化管内異物
・腸重積
治療(急性期)→入院して行う治療
治療は、入院管理の中で行われます。
・脱水の改善のために、静脈からの点滴を行います。
血液中のNa(ナトリウム)、K(カリウム)、Cl(クロール)などの電解質異常を補正したり、脱水の改善を行う。必要に応じてコロイド輸液を行います。
・高張液輸液
上記の点滴に対して、反応が弱かったら、高張液を輸液することがあります。しかし、脱水が重度の場合には、この方法は選択されません。
・維持輸液療法
犬が正常に動けるようになったら、バランスの取れた等張液を使用して維持輸液療法に切り替えます。
・低血糖の改善
血糖値が低かったら、静脈経由で適切な治療を行います。
・低カリウムの補正
低カリウム血症の場合には、塩化カリウムを使って適切な血中濃度まで補正します。重度の低カリウム血症の場合には、血清カリウム値を2時間ごとに測定しながら、使用する輸液剤を調整します。
・抗菌剤
静脈や皮下から、広域に作用する抗菌剤を投与します。いくつかの薬剤を組み合わせることがあります。
・抗原虫薬
原虫感染の可能性がある場合には、抗原虫薬を使用します。
・吐き気や嘔吐の治療
犬パルボウイルス感染症の犬は、嘔吐を繰り返すことが多いので、薬を使った治療が欠かせません。持続定量点滴で投与したり、皮下、あるいは静脈注射で投与したりします。
・疼痛に対する治療
腹部痛が起こることが多いので、痛み止めを投与します。
・腸運動促進
腸の動きが弱くなっていると判断された場合には、これを改善するための薬が使われます。
・胃酸調整
胃酸は、胃の中で重要な働きをしていますが、弱っている胃では、胃粘膜を荒らしたり、胃炎や胃潰瘍の原因になることがあります。必要に応じて、胃酸を抑える薬を使います。これによって、胃の痛みも和らぎます。
・寄生虫駆除
犬パルボウイルス感染症とともに、寄生虫の存在が確認された場合には、駆除を行います。
・コロイドサポート
持続的に、心血管不安定性があり、重度の低アルブミン血症がみられる場合には、合成コロイド、新鮮凍結血漿などを点滴します。
治療(慢性期)→退院後に通院で行う治療
治療の中心は、入院管理の中で行いますが、仔犬が安定し、飼い主が獣医師の指示に従ってくれる場合には、通院治療に移すことができます。
・持続性の抗菌剤の投与
・皮下点滴
・制吐剤の投与
・強制給仕
・カリウムを補給するためのサプリメント
・血糖値管理
・保温
持続性の抗菌剤、点滴、制吐剤の投与は、全て皮下へ行います。強制給仕とは、シリンジを使いながら、犬の口に直接食事を入れる方法です。適切な制吐剤を合わせることで、嘔吐を最小限にすることができます。
60%ほどの犬が低カリウム血症で、50%ほどの犬が低血糖症を発症しています。低カリウム血症を点滴で補正できない場合には、サプリメントが使われます。低血腸症については、コーンシロップやブドウ糖単体などの経口サプリメントを使用します。
直腸温が低くなりすぎないように保つために保温します。
食事療法
・早期経腸栄養
入院から12時間から24時間以内には、早期経腸栄養を開始します。経腸栄養とは、腸管からの栄養吸収を行う方法で、他には静脈栄養というものがあります。静脈栄養は点滴で栄養を補給するものですが、犬パルボウイルス感染症の場合には、できるだけ早期に腸からの栄養補給を開始することで、臨床症状が改善しやすいという研究結果があります。
犬パルボウイルス感染症に罹っている犬は、入院初期には、食欲がなく嘔吐がみられることがほとんどです。薬を使って嘔吐の回数をできるだけ少なくしながら、口からの強制給餌や鼻から胃までのカテーテル給餌などにより、早期経腸栄養を開始します。
口からの強制給餌では、誤嚥性肺炎に対しての注意が必要です。
できるだけカロリーの高い食べ物を選ぶことで、与えるべき食事の容量を少なくすることができます。カロリーが低いと、必要量を与えるのに、多くの量が必要になります。
与える量は、安静時エネルギー要求量(RER)を計算します。犬に必要な1日のカロリーは、こちらの記事を参考にしてください。→犬の食事百科
1日目には、計算されたRERの4分の1から始めます。それを4から6回に分けて与えます。例えば、1日のRERが100kcalの犬がいたとします。1日目は、4分の1を与えますので、25kcalが目標量です。これを4から6回に分けますので、5回で与えると1回分は5kcalです。初日は、5kcalずつ5回に分けて与えます。
2日目からは、1日あたり25%ずつ増やします。それも4-6回に分けて与えます。最終的には、100%になるまで、毎日増量しながら給餌を続けます。
・サプリメント
プロバイオテイクス、オメガ6脂肪酸、オメガ3脂肪酸、必須アミノ酸などのサプリメントは、消化管の機能回復に役立ち、自発的な食欲とカロリー摂取を高める可能性があります。
自発的な食欲が戻った後、犬の多くはドライフードを好みます。この場合、強制給餌の量は減らすか、あるいは必要ないかも知れません。
動物病院でも使われるサプリメントはこちら→犬の食事百科
・水
水は常に飲めるようにしておく必要があります。
合併症→犬パルボウイルス感染症に続いて起こる可能性がある病気
・腸重積
・細菌性敗血症
・血液凝固亢進から播種性血管内凝固
・肺炎
・静脈留置針設置部位の静脈炎や血栓症
細菌性敗血症とは、細菌や細菌が産生した毒素が血液中に侵入し、全身的な反応、臓器障害などを引き起こしている状態で、生命を脅かす感染に対する生体反応です。急性循環不全や臓器障害をきたす場合には、死に至ることがあります。
肺炎は、嘔吐物の誤飲や、血管に侵入した細菌やウイルスによるもの、日和見感染が原因になります。日和見感染とは、免疫力が低下した犬が、健康な犬では問題とならないような病原体に感染することによって発症する感染症のことです。日和見感染で問題となる病原体は、細菌、ウイルス、真菌など多岐に渡ります。
定期検査→どのような定期検査が推奨されるの?
入院中は、必要に応じて、CBC(全血球算定)や血液生化学検査を繰り返し行う。
・6時間ごと(重症の犬では、より頻繁に行う。)
バイタルサイン、痛みの評価を行う。
・12時間ごと(重症の犬では、より頻繁に行う。)
体重、動脈血の圧力(脈圧)を評価する。
・24時間ごと(重症の犬では、より頻繁に行う。)
血液検査で、PCV(貧血の評価)、血中電解質を調べる。
予後→犬パルボウイルス感染症になったら、その後どうなるの?
迅速な診断、入院、及び積極的な治療により、高い生存率が得られます。無治療での生存率は10%未満、積極的に治療を行うと、80%以上の生存率との報告があります。
私の体験的には、ワクチン未接種であれば、生存率は極めて低く、ワクチン1回目接種以降であれば、回復の期待を持てるという印象です。
持続性のリンパ球減少症とC反応性タンパク(CRP)の上昇は、死亡率と関連しているという研究結果があります。
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