【猫の認知機能障害症候群】認知症を獣医師が解説します。

猫の認知機能障害症候群は、治りませんが、ご家族が早期に気づき、獣医師による適切な診断が行われた後に、薬や食事、そして環境改善を行うことで、その進行を遅らせることが可能です。

猫の認知機能障害症候群で見られる色々な問題行動に似た症状を見せるのが整形外科的な疾患です。すなわち、慢性的な痛みや、筋肉や骨が弱くなることで見られる活動の低下によるものです。これらは、ご家族の主観的に見た目に痛くはなさそうだということで、否定することはできません。客観的な評価を行う必要があります。その上で、認知機能障害症候群と診断されることになります。

しかし、猫の認知機能障害症候群の対処方法は、日常的にご家族がより積極的に猫と向き合う時間を作る必要があり、朝と夕方に薬を飲ませるだけと言うような治療は、必要なことの一部でしかありません。従って、猫の認知機能障害症候群を早くにみつけ、進行を遅らせたいが、猫との時間を日常的に長くとることは困難だとするご家族も多いようです。

猫の高齢化は、世界的にみられます。日本国内の最新データはありませんが、英国では飼育されている猫の30%が高齢になっており、北米では1800万頭猫が12歳以上です。

猫の認知機能傷害症候群の診断は、除外診断という方法で行われます。これは、認知機能障害症候郡を疑う猫に見られる症状をリストにして、その症状が見られる他の病気ではないことを検査するなどして調べるという方法です。

猫の認知機能傷害症候群でよく見られる症状は、見当識障害飼い主や他の同居どうぶつとの関わり合いの変化睡眠-覚醒サイクルの変化不適切な排泄活動レベルの変化過剰な鳴き声刺激に対する反応の変化衛生状態の悪化食欲の変化です。

猫の見当識障害とは、部屋の隅で身動きが取れなくなったり、壁をじーっと眺めていたりすることが一般的です。この場合には、他の病気でこのようなことが起こっているのではないかと疑い、それを検証することが必要です。この場合に必要なことは、この症状を起こす他の病気を探すことです。これらの症状を示す他の病気には、神経障害があります。すなわち、麻痺、痛み、運動機能障害などです。これらがなければ、潜在的ではありますが、猫に認知機能障害があることを示唆します。一般的な動物病院では、高齢猫の3匹に1匹に、この見当識障害が認められるとされています。これらの猫に、神経学的な障害がなければ、それはすなわち潜在的な認知機能障害の可能性を意味します。

飼い主や他の同居どうぶつとの関わり合いの変化の一般的なものは、攻撃行動でしょう。この攻撃行動は、高齢猫のおよそ10%に見られるとされています。そして、些細なことに過剰反応したり、それまで家族や同居どうぶつとべったりする方ではなかったのに、くっ付いて来るようになったり、近くにいたがったりと、いわゆる交流に変化がみられることがあります。このような場合でも、それがすぐに猫の認知機能傷害症候群と判断するには早すぎますので、まずはこれらの症状を見せるかも知れない他の病気を精査する必要があります。その他の病気とは、この場合は、痛みがないかとか、家族の注意を引きたがるようなことはないかなどの行動的な問題を除外することになります。

高齢猫のほとんどは、整形外科的疾患を抱えるとされます。統計データの中には、高齢になると100%の猫が整形外科的疾患を抱えると報告しているものもあります。整形外科的疾患とは、骨や関節に年齢に伴って変形や炎症が起こることで、ときに脊髄神経に関係する痛みや麻痺が現れるものもあります。このような痛みや麻痺は、老齢の猫では一般的な上に、それがゆえに攻撃性、家族や同居動物との関わりの変化や、物事に対する過敏な反応が見られているのか、認知機能傷害症候郡によるものなのかを判定することは困難です。

もし、私であれば、痛みに対しては鎮痛薬を使い、猫から痛みを除いた状態で観察をすることで攻撃性、家族や同居動物との関わりの変化や、物事に対する過敏な反応が整形外科的疾患で起こっているのか、認知機能障害症候郡で起こっているのかを可能な限り区別するようにします。

昼と夜の逆転のような、猫が夜中に起きていて、結構な大声で鳴くことでご家族を困らせることがよくあります。このような猫の多くは昼間はよく眠っているものです。しかし、このできごとさえ、認知機能障害症候群だけではなく、痛みや感覚障害、そして高血圧によって起こることがあります。関節の痛みによって、猫が長時間に渡って同じ体勢を取り続けることが難しくなり、夜通し眠り続ける事ができなくなります。このような場合には、まずは検査のためにX線を使い、その後で鎮痛薬を使うことがあります。もしも猫に痛みがある場合には、痛みを取り除くことが最優先事項です。

認知機能傷害症候郡では、粗相がみられることがあります。トイレ以外の場所で排泄をするということです。家族にとって、問題行動だと思われるものにはいくつかありますが、この粗相を問題行動だとするご家族は全体の30%弱もいます。そして、この粗相が見られても、他の病気を除外する必要があります。粗相が見られる、認知機能障害症候群以外の理由には、膀胱炎、大腸炎、マーキング、痛みがあります。痛みがあると、トイレまで行くことができない猫がいます。このような場合には、痛みの緩和を獣医師に相談し、猫がトイレに容易にアクセスできるように環境の改善も必要です。老齢の猫が認知機能障害症候群によって粗相をすることは一般的ではありますが、その場合でも、他の疾患や原因を除外する作業は必要です。

猫の認知機能障害症候群は、治らない病気ですが、早期に発見して対策を取ることで、その進行を遅くすることができます。

その対策とは、薬物療法環境改善、そして食事療法です。

薬物療法に使えるとされる薬物は一部の国で犬に対しては認可されていますが、猫への安全性は確認されていながらも、効果や有害事象については、さらに検討が必要です。もっとも効果があるとされる薬は、1日に1回与えればよく、副作用も許容できるものです。詳しい薬剤名は、薬事法により広告できませんので、残念ながら記載を控えますが、モノアミンオキシダーゼB阻害剤という種類のものです。

食事療法で使えるものは、まだ明確な根拠はありませんが、ヒトでは野菜、全粒粉、ナッツ類、ビタミンEやビタミンCを含む食事が認知低下や認知症のリスクを下げるとさるので、猫にも抗酸化物質、魚油、その他の補助食品が推奨されています。

しかし、客観的に評価を受けた文献の中には、まだ明確な効果が認めらるとされる食品はありません。食事療法については、民間療法の範疇をまだ抜けていません。

環境改善は、最も重要です。コンセプトとしては、猫の本来の行動パターンを維持するため、そして、認知機能の維持を目指す環境づくりです。猫を刺激しつつ、刺激し過ぎない環境づくりです。

具体的には、食事、トイレ、休憩、などの生活に必要なものを全てある程度限られた環境空間で行うことができるようにします。それも、少しずつ変えるのがよく、猫が物の場所がわからないようになるといけません。これまで好んで飛び乗っていたソファーやベッドにアクセスしやすいように、ステップを用意するのもよい環境づくりです。

猫が食べ物を探すような遊びを取り入れるのも良い方法です。難しくない、ある程度容易にご褒美にありつけるゲームは、猫に適度な刺激を与えてくれます。

猫にとっては、新鮮で、それでいて変化が大き過ぎないようにして、猫の興味を惹きつけることができるような適度な刺激を与える環境づくりが求められます。

猫の興味を引くことができる、適度な刺激は、認知機能を維持するのに役立ちますし、色々と工夫をしながら、楽しい猫ライフを楽しんでみてください。