犬伝染性肝炎とは、犬アデノウイルス1型による感染症です。感染経路は、感染犬の尿、糞便、唾液による直接または間接的な接触です。甚急性型では、元気消失、嘔吐、下痢、そして発症から数時間で急死することがあります。治療は入院での対症療法を行いますが、慢性肝炎に進行する犬もいます。予防には、ワクチン接種を行います。
<犬アデノウイルス1型の感染力>
ウイルスは、環境中でも感染力があり、汚染された室内で数日間にわたって不活化されません。また4℃以下の温度では、何か月も感染力を維持します。
感染力があるとは、犬伝染性肝炎肝炎の原因となる犬アデノウイルス1型が、犬に感染することができるということです。ウイルスは、生きているものとは定義されていないために、生きているとか、生きていないとは言われずに、感染力があるとか、ないなどと表現されます。感染力を失うことを、不活化と言います。
<犬伝染性肝炎の予後>
甚急性は、ウイルス血症になると数時間で死に至ることがあります。致死率10-30%です。また、低アルブミン血症、低血糖症および、血液凝固障害がある場合は、診断から1週間ほどで死に至ることがあります。
軽症型や不顕性型もあり、症状が軽度だったり、何も症状が見られない犬もいて、感染後2週間ほどで回復します。
犬伝染性肝炎は、通常1歳未満の犬に見られますが、ワクチン未接種の犬では、どの年齢でも、犬アデノウイルス1型の影響を受けることがありますよ。また、ワクチンで十分に免疫されら集団でみられることは稀です。
犬アデノウイルス1型感染症である、犬伝染性肝炎肝炎は、別名ルバース病(Rubarth’s Disease)とも呼ばれます。また、角膜浮腫が起こると、目が青白く見えることから、その様子をブルーアイと呼ぶことがあります。
犬アデノウイルスには、犬伝染性肝炎の原因である犬アデノウイルス1型と感染性気管気管支炎を引き起こす犬アデノウイルス2型があります。
犬伝染性肝炎の特徴的症状
- 1歳未満の仔犬で、ワクチン未接種
- 嘔吐
- 下痢
- 腹痛
- 発熱
- 扁桃腺肥大
- 頚部リンパ節が腫れる
- 脈が速い(頻脈)
- 呼吸が速い(頻呼吸)
- 黄疸
- 目が青くなる(感染から7-21日)
- 鼻血
- 元気消失
- 発作
- 方向感覚がなくなる
- 昏睡
- 急死(急性ウイルス血症)
ここからの記事でご紹介するのは、犬伝染性肝炎肝炎いついての極めて詳細な内容です。獣医師が読む専門書レベルです。簡略化された概要だけを必要とされる方は、上記で既に読まれた内容で十分です。
犬伝染性肝炎は、どのような病気?→症状
<犬から犬へ伝染するウイルス感染症>
犬伝染性肝炎は、肝炎を主な症状とするウイルス感染症です。ワクチン接種をする犬が多いので、発生数は減少していますが、犬パルボウイルス感染症やジステンパーと共に、仔犬では特に注意が必要な伝染病です。
感染する犬は、ワクチン接種歴が乏しいことがほとんどです。犬伝染性肝炎のワクチン接種は、世界中のどこにいる犬でも、接種を推奨されますので、定期的な接種がお勧めです。
<犬伝染性肝炎の主な症状>
症状は、突然死から無症状まで様々です。
[甚急性型] 犬アデノウイルス1型が犬の体内に入り、血液に達する、ウイルス血症の間には、動物は瀕死状態になったり、数時間以内に死亡する犬もいます。また、ウイルス血症の後では、多くの犬が下痢や嘔吐、そして腹痛を起こします。その他の症状には、発熱、扁桃腺肥大、頸部リンパ節腫脹、頻脈(脈拍数が多くなること)、頻呼吸(呼吸数が増えること)が認められます。
[急性型] 急性型では、上記の症状に加えて、肝腫大、腹痛、点状出血および斑状出血、鼻出血、採血をした血管からの過剰な出血、元気消失、発作、方向感覚喪失、昏睡、肝性脳症、ウイルス性脳炎、その他中枢神経症状、前部ぶどう膜炎と角膜浮腫(感染後7日目から見られ始め、21日程度で回復します)肝腫大とは、肝臓が大きく腫れることです。通常は、触診、X線検査、腹部超音波検査で確認します。
点状出血や斑状出血などの出血は、出血した血液が固まる働きが弱いことで起こります。
肝性脳症とは、肝臓が処理するべき毒素を、肝臓機能が低下していることで処理できずに、脳への神経機能障害を起こす病気です。肝臓機能の低下以外に、シャント血管と呼ばれる血管異常でも起こります。
前部ぶどう膜炎とは、眼球内で血管が通っているところをぶどう膜と呼びますが、その中で、前面に位置するぶどう膜に起こる炎症です。
角膜浮腫とは、眼球の最も表面の膜である角膜がむくむことです。むくむとは、水分を過剰に溜めた状態で、通常は無色透明な角膜に水分が多く入り込むために、角膜が白っぽく濁ります。犬伝染性肝炎では、青白く濁るために、ブルーアイと呼ばれます。ブルーアイは、犬伝染性肝炎を発症してからの回復期や、軽症型の犬のおおよそ20%にみられ、3週間程度で回復します。
[軽症型] 上記症状が軽度に現れます。 [不顕性型] ほとんど症状が見られません。<急性型を乗り越えた犬>
適切な治療によって回復が十分に期待できますが、黄疸や腹部膨満が見られたり、感染後の免疫応答が十分でなければ、慢性肝炎に進行する犬もいます。
どのように感染するの?
<感染する動物>
犬から犬に感染し、ヒトへは感染しません。海外では、犬以外にコヨーテ、アカギツネ、オオカミ、クマに感染するとされていいます。
<感染の経路>
感染は、口や鼻からで、ウイルスを含む唾液、尿、糞便、などによって、直接的または間接的に起こります。
間接的感染とは、ウイルスが付着した物を介して感染するということです。ときに、犬につく寄生虫を介して感染することもあります。犬伝染性肝炎の原因となる犬アデノウイルス1型は、エンベロープを持たないウイルスです。ウイルスには、エンベロープと言う膜で包まれたウイルスと、膜で包まれていないウイルスがあります。
通常、エンベロープタイプのウイルスはさまざまな消毒剤で不活化できますが、犬アデノウイルス1型のようにエンベロープを持たないウイルスは、消毒剤が効きにくく、環境中でも感染力を維持することができます。
<犬の体内に入ったウイルス>
犬の口や鼻から侵入したウイルスは、扁桃たリンパ節で増えて、さらに血液中に入ります。この状態をウイルス血症と言い、ウイルスは肝臓、心臓、眼などに広がります。
<ウイルスの排泄>
・感染後4日から8日で、尿、糞便、唾液などに排泄されるようになります。
・感染後10日から14日で腎臓を含む多くの臓器や組織にみられます。
・腎障害が認められると、感染後の6から9か月間、尿中に排泄されます。
診断
<症状からの絞り込み>
ワクチン接種をしていない仔犬で、突然の発熱、虚脱、腹痛、嘔吐、下痢がみられたら、この病気を疑います。
<他の類似した病気と鑑別>
犬伝染性肝炎と同じような症状を見せる他の病気と鑑別を行います。(次項参照)
<確定診断>
感染後1週間程度でできるウイルス学的検査がPCR検査やウイルス分離です。
扁桃、咽頭のぬぐい液、尿、糞便などからウイルスを検出することができます。ウイルス分離とは、検体の中にある犬アデノウイルス1型を増殖させて、検体の中にウイルスが認められるかを確認します。
鑑別診断→似たような病気
・肝疾患
・門脈体循環シャント
・有毒な物による肝障害
・胆石症 / 胆管炎
・胆嚢破裂
検査
確定検査の前や後で、犬に起こっている異常の程度を調べます。
<血液学的検査>
・CBC(全血球算定:血液中にある赤血球や白血球の数を数える検査)
感染初期には白血球である好中球とリンパ球の数が減少します。その後回復期には、リバウンドが起こり、好中球とリンパ球の数が増加します。
<血液生化学的検査>
・肝臓酵素であるALT(GPT)とALP(アルカリフォスファターゼ)の値が増加します。これは感染後14日間ほど増加し、慢性肝炎が起こらない限り減少します。慢性肝炎に進行した場合には、減少がみられません。
・慢性肝炎では、肝臓の働きが低下することで、低血糖、低アルブミン血症、低コレステロール血症、低血中尿素窒素が認められる可能性があります。
・高ビリルビン血症がみられます。
<血清総胆汁酸検査>
肝性脳症がみられる場合、多くの犬で異常値を示します。
<血液凝固系検査>
血液凝固系の検査を行う目的は、播種性血管内凝固(DIC)と呼ばれる現象を確認することです。播種とは、種を蒔くことです。播種性血管内凝固(DIC)とは、まるで小さな種をバラッと蒔いたかのように、小さな血栓が全身のあちらこちらに作られ、細い血管を詰まらせるものです。小さな血栓がたくさんできることで、通常は出血したときに働く、血小板や血液凝固因子と呼ばれるものが使い果たされ、出血に対して止血をすることができなくなり、過度な出血が起こります。
血液凝固系検査の異常は、ウイルス血症が起こっている間には、最も頻繁にみられます。ウイルス血症とは、犬に感染したウイルスが、血液中にることです。ウイルス血症によって、ウイルスは、さまざまな臓器や組織に運ばれます。
・プロトロンビン時間(PT)の延長
・活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)の延長
・フィブリン・フィブリノゲン分解産物濃度(FDP)の上昇
これらは全て、特別な血液検査を行うことで測定します。
<尿検査>
犬伝染性肝炎の犬に腎障害が起こると、尿中には、タンパクやビリルビンが認められます。(軽度のビリルビン尿は、健康な犬では正常です。)
さらに高度な検査(以下は必須ではありません)
<血清学的検査>
ワクチンを接種していない犬では、抗体価を検査することができます。ワクチン接種をしている犬では、すでに抗体価が高いことが予想され、血清学的に診断をすることが困難です。
<組織学的検査>
肝臓の細胞を採取して、顕微鏡で観察し組織学的検査を行います。肝臓の細胞を採取するのは、針吸引とコア生検があります。針吸引は、注射針を皮膚から肝臓に刺し、吸引をして肝臓の組織を採取します。コア生検は、腹腔鏡を使用したり、開腹手術をして採取します。
針吸引は、コア生検と比較して、犬への負担が少ないのですが、採取できる細胞が少ないので、十分な検査ができない可能性があります。コア生検は、ある程度十分な検査検体が採取できますが、全身麻酔での手術が必要です。
これらの検査では、肝臓細胞の細胞核に、核内封入体と呼ばれるウイルス粒子の集合体を見ることができます。
その他、組織学的検査では、広範囲に及ぶ小葉中心から全小葉壊死と呼ばれる変化が観察されます。これは、肝臓の構造が壊れていることを示すものです。
<脳脊髄液検査>
通常は異常は認められません。
<骨髄穿刺>
ウイルス血症が見られる間には、巨核球と呼ばれる細胞が減少していることがあります。巨核球とは、骨髄の中にある細胞では最大のもので、血小板を作る細胞です。血小板とは、出血のときに止血を行うために必要な成分です。
<ウイルス培養>
感染後5日で、いろいろな組織に感染しているウイルスを培養することができます。腎臓が最も持続的に感染が起こる臓器ですので、培養をする場合には腎組織を用いることがありますが、通常は行いません。
治療
治療の概要
治療は通常入院下で支持療法を行います。支持療法とは、犬に見られる症状ごとに、治療を行うことです。
急性期の治療
・点滴を行います。
・播種性血管内凝固による凝固障害には、輸血を行うことがあります。同時に、低分子ヘパリンを使用します。その他ビタミンKを経口または皮下注射で投与します。
・低血糖が認められる場合には、ブドウ糖を用いた輸液剤を選択します。
・下痢には、メトロニダゾールを、嘔吐には、吐き気どめのお薬を使います。
慢性期の治療
・肝炎が慢性化し、進行している場合には、慢性肝炎の治療を行います。
・食事療法:肝性脳症の犬には、タンパク質を制限した食事を与えます。食物繊維は、胆汁酸に結合し、胆汁酸の除去を助けます。オオバコ粉末を食事に加えてます。
・使用すべきか、どうかの議論がありますが、プレドニゾロンを使用することがあります。
・ビタミンE
薬の使い方(注意事項)
急性肝障害がある場合に与える薬は、通常の薬用量よりは少なくして投与することが基本です。
起こりうる合併症とモニタリング
<起こりうる合併症>
・腎盂腎炎
・播種性血管内凝固
・緑内障
<モニタリング>
急性期:呼吸数、心拍数、体温、体重、精神的および神経学的状態、血液凝固時間、血糖値、血清アルブミン濃度
慢性期:血液生化学検査、総胆汁酸、肝生検
予後
犬伝染性肝炎に罹った犬の死亡率は10-30%ほどです。
甚急性型:発症後数時間以内に死亡することがあります。
急性型:予後には注意が必要ですが、適切な治療により回復が期待できます。
低アルブミン血症、低血糖、血液凝固障害がみられる犬は、通常診断から1週間以内に死亡することがあります。感染後に回復しても、免疫応答が十分になければ、慢性肝炎に進行することがあります。また腎障害はある犬は、長期にわたってウイルスを排泄し続けることがあり、この尿に触れた犬が感染するリスクがあります。
軽症型:ほとんど症状がみられません。
不顕性型:無症状です。
治療経験者から
かつては、一般的で致命的な感染症でしたが、現在は、犬への定期的な予防接種が行われるようになっているため、国内で犬伝染性肝炎の犬を見る機会は稀です。
予防のために適切なワクチン接種をしましょう。
看護の注意点
・甚急性型や急性型の仔犬には集中的な治療と看護が必要です。最善の治療を行なっても、死亡率が高い病気です。
・感染が疑われる犬を入院させる場合には、他の犬に院内感染しないように厳格な予防措置を講じる必要があります。