今回は、犬のリンパ腫の分類について解説します。
犬のリンパ腫も猫も人も、リンパ腫という病気にはその先にさらに細かな診断名があります。リンパ腫というのは、リンパ球が作る多くの病気を総称したものです。もちろん、リンパ腫も診断名です。さらに細かく分かれているというお話です。
うちの犬がリンパ腫という診断を受けた。
それは何というリンパ腫なのか?
これがわからないと、今後どのような治療が適切なのかを決めたり、どれくらい長生きできるのかを予測することが難しくなります。そこで大切なのが、リンパ腫と診断すること、そして、何というリンパ腫なのかを分類して診断することです。
犬がリンパ腫という診断を受けた場合、リンパ腫の分類を知ることで気の持ち方が大きく変わるはずです。不安で先が全く予測できなかったところから今後を見通しながら犬に向き合うことができるでしょう。
目次
リンパ腫の疑いがある犬は、動物病院で細胞を調べる検査を行います。その他、血液検査、X線検査(レントゲン)そして超音波検査(エコー)などをすることが多いですね。詳細な診断のために何よりも大切なのが細胞を調べる検査です。
細胞の検査をするために、動物病院では病気が起こっているところから細胞を取ります。病気が起こっているところは、リンパ節、皮膚、肝臓や脾臓などです。
・注射針を使う(麻酔、鎮静は基本的に必要ありません)
・一部または全部を切除する(局所麻酔、鎮静、全身麻酔が必要です)
このようにして採取した検体を病理検査します。
病理検査では、まずはリンパ腫なのか、そしてそのリンパ腫が何という分類に相当するのかを調べるのですが、分類方法も複数ありますし、各分類にも多くの病名があります。
犬のリンパ腫も、人も猫もそうですが、「リンパ腫」は1つの病気を表す言葉ではなく、リンパ球という細胞が作るいろいろな病気の総称だと考えるのが妥当です。
・どの分類方法で分類するか
・選択した分類方法の病名リストのどれに相当するかを調べる
これが犬のリンパ腫の病理組織学的診断ということになります。
この記事では、このことをかなり深いところまでお話します。
はじめに犬のリンパ腫がどのようなものかをお伝えしますね。
犬のリンパ腫とは、血液成分の一つである白血球のうち、リンパ球ががん化する病気です。がん化とは、もともと正常な細胞が、次第に異常な細胞へと変わることです。異常な細胞に変わる過程は、細胞の中にある遺伝子が傷つくことによって起こり、遺伝子にできる傷が増えることで正常な細胞ががん細胞へと変わっていきます。犬のリンパ腫を確定診断するためには、採取した組織や細胞を顕微鏡で観察する病理組織学的検査を行います。治療は抗がん剤を使った化学療法を行います。
これからのお話の中で難しい言葉を使うところがありますが、しっかりと説明して進めますので心配ありませんよ。
犬のリンパ腫がどのように分類されるかを知ることで、適切な治療方法を知ることができたり犬の生存期間をおおよそ検討付けることができます。
今回は分類方法のみを解説します。治療方法やその副作用、予後そして生存期間については別記事をご参照ください。
・解剖学的な方法
・組織学的な方法
・免疫学的な方法
上の3つに追加して
・遺伝子クローナリティ解析
と呼ばれる解析方法があります。
難しい言葉のようですが、このまま順に読み進めると理解できるようになりますよ。さらにリンパ腫がどの程度進行しているかを表すのがステージとサブステージです。
・ステージ
・サブステージ
難しい話が続きそうで、心配かも知れませんが大丈夫です。すべて一つ一つ解説します。
初めに例をご覧ください。
犬の多中心型リンパ腫 びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫 (DLBCL) ステージ5b
これは獣医師が犬のリンパ腫を分類して表現したときのものです。この記事を最後まで読むと、この意味を理解することができます。今は、何のことやらサッパリわからなくても問題ありません。
獣医師は、上の情報から治療方法を選択したり治療の効果を予測したり、さらには予後を判断したりします。予後とは、犬が今後どのような状態になり、どれくらい生存できるかということです。細かな解説の前に、上の言葉を説明します。
犬の多中心型リンパ腫
これは解剖学的な分類です。リンパ腫がどこにあるかを意味しています。
次に、びまん性大細胞型は組織学的な分類です。
B細胞性リンパ腫とは、その腫瘍を構成しているのがB細胞というリンパ球だという免疫学的な分類です。
ステージ5は、犬の体にリンパ腫がどの程度広がっているかを示していて、bというサブステージでさらにどのような常態化がわかります。
では、一つ一つ解説します。
解剖学的という難しい表現をしていますが、要はリンパ腫がどこにできたのかということです。
犬のリンパ腫を解剖学的に分けると、次のようになります。
・多中心型 80%以上
・腸管型 約7%
・胸腺型 約3%
・皮膚型 約6%
・その他(節外型) 3%未満
多中心型
犬のリンパ腫では、多中心型とよばれる型が最も多く全体の80%以上を占めます。84%程度という研究結果もあります。多中心型の代表的な発生部位は体表のリンパ節です。体表のリンパ節とは、首のあたりとか膝の裏とかにあるリンパ節で、比較的見つけやすく触りやすいところにあるリンパ節です。多中心型は、体表のリンパ節以外に肝臓、脾臓そして骨髄に発生します。
多中心型リンパ腫が発生するリンパ節にはどのようなものがあるのでしょうか。
・下顎リンパ節
・浅頚リンパ節
・腋窩リンパ節
・鼠径リンパ節
・膝窩リンパ節
・腸骨下リンパ節
私の動物病院では、犬のあごの下にデキモノがあるというご相談から、リンパ腫が発見できることが多いですね。これはあごの骨の下、首のあたりにあるリンパ節ががん化したもので、多中心型に分類されます。
犬のリンパ腫
腸管型のお話をする前に、犬のリンパ腫の発生数をお話しますね。
報告されている年間の発生数は、犬100,000頭あたり13から24頭という報告があります。
国内の犬の頭数は890万頭ですから、毎年1150頭から2100頭ほどの犬がリンパ腫を発症する計算です。
腸管型
腸管型リンパ腫は犬のリンパ腫の5-7%を占めるもので、消化管にできる腫瘍では最も発生頻度の高いものです。腸管型リンパ腫が発生するのは腸管関連リンパ組織で、主なものは腸管膜リンパ節と腸管付属リンパ節(パイエル板など)です。
腸には腸管膜という膜があります。ここにもリンパ節があり、腸管膜リンパ節といいます。そして、腸管付属リンパ節にはパイエル板とよばれる組織があります。これは消化管の壁にあるリンパ組織です。このような腸管関連リンパ組織にもリンパ腫が発生します。
犬の腸管型リンパ腫をまとめた記事はこちらをご覧ください。
胸腺型(縦隔型)
胸腺型リンパ腫は、縦隔型リンパ腫ともいいます。リンパ腫全体の約3%にみられ、胸腔内に腫瘍が発生します。
胸腔内とは、心臓や肺があるところです。ここに腫瘍ができると呼吸が辛くなったり、速くなったり、咳がでたりします。
皮膚型
皮膚型リンパ腫はリンパ節全体の約6%にみられ、皮膚に存在するリンパ球ががん化したものです。皮膚に結節や潰瘍がみられます。結節とは、いわゆるシコリです。皮膚を触って、他とは違う硬さを感じます。潰瘍とは、皮膚に傷がついたようになり出血を起こすことです。初めのうちは、体の表面にあるリンパ節の大きさは正常ですが、皮膚型リンパ腫が進行するといろいろなリンパ節が大きくなることがあります。これを多中心性に腫大するといいます。
その他(節外型)
その他(節外型リンパ腫)
まれなリンパ腫で、発生頻度は約3%未満です。リンパ節以外で起こります。
・肝臓と脾臓に起こる肝脾リンパ腫(リンパ節に病変を認めない)
・腎臓リンパ腫
・中枢神経リンパ腫
・さらにその他、骨、心臓、鼻腔、眼などに発生
以上が、犬のリンパ腫を解剖学的に分けたものです。
リンパ腫がどこに発生しているかを見ることで分けることができます。
解剖学的に分けるのは直接診察をすることで実行できたのに対して、次にお話をする方法には顕微鏡での検査が必要です。顕微鏡を使って検査をするということは、犬の体から検査に必要な組織を採取しなければなりません。
これには大きく2つの方法があります。
・注射針や生検のための針を使って採取する
・組織をもっと大きな塊で採取する
注射針や生検用の針を使う場合には、犬は無麻酔であったり、短時間だけ鎮静をかけたりして行います。全身麻酔をする必要はありません。しかし、もっと大きな組織塊を採取する場合には、局所麻酔、鎮静、全身麻酔が必要です。
できるだけ犬に負担をかけたくはないですよね。だったら針を使って無麻酔で細胞を採取して欲しいと思うでしょう。それなのに他の方法があるのは、採取する組織がある程度の大きさではないとできない検査があるということです。
注射針を使った病理検査は簡易的な方法で、大きくなっているリンパ節がリンパ腫なのか他の原因で大きくなっているのかを区別することが目的です。
注射針を使った検査で、リンパ腫だと確定することができますが、それでも必ずわかる訳ではありません。リンパ腫かそうではないのかを区別することが困難な場合があります。
注射針を使ってリンパ腫だとわかった場合、さらなる分類のために、できるだけもう少し大きな組織塊を検査することも大切なことです。私たち獣医師は、後でお話する詳細な分類を行うためには、注射針を使った簡易的な検査だけではなく、できるだけリンパ節を摘出して詳細な診断を行うことが大切だと知っています。
実際に注射針を使った生検では、リンパ腫かどうかの診断や大きなリンパ球か小さなリンパ球かを大まかに知ることができます。それでも、より詳細にそしてより正確に診断をするには、もう少し大きな組織塊が必要です。大きな組織塊とはどの程度かといいますと、大豆程度の大きさでも十分です。
では次の分類をお話します。
組織学的な方法で診断を行うためには、犬から採取した組織を顕微鏡で観察し、リンパ球の大きさ、細胞核や細胞質、配列の様子などリンパ球そのものや、リンパ球の集まり方といった形による違いから診断を行います。形態学的に診断するという言い方をします。
それでも、リンパ球をT細胞、B細胞、そしてNK細胞をリンパ球の形で区別することはできないので、免疫学的な方法で分けることになります。
組織学的にそして免疫学的に診断を行います。
その検査を行う組織をどのように採取するのでしょうか。
ここでは、注射針で採取するよりももっと多くの組織塊を検査するときのお話です。ここから先の診断を行うためには、注射針を使った検査だけでは困難な場合がでてきます。
動物病院で採取した組織は、検査センターに運ばれ、そこで顕微鏡を使った検査が行われます。これを病理組織学的検査といいます。
顕微鏡で検査して診断名をつけます。
診断名とは、犬のリンパ腫にはこのようなものがあるのですが、その中のどれですか?という回答です。
すでに決まった分類に当てはめる作業をすることになります。
このすでに決まった分類というものがいくつかあり、どの分類に当てはめるかを先に決めることになります。そこで、多く採用されているのが新Keil分類といわれるものです。
犬のリンパ腫を病理組織学的、免疫学的に分ける方法にはどのようなものがあるかを並べてみます。
- 1966年 Rye分類 大まかな分類方法で、現在は使われていません
- 1975年 Keil分類 リンパ腫をT細胞由来のものとB細胞由来のものに分類し、細胞の特徴を合わせた分類
- 1982年 NCL Working Formulation これまでの分類と予後との関連性をまとめた分類
- 1988年 新Keil分類 Keil分類を改良したもの
- 1994年 REAL分類 新Keil分類を発展させたもの。分類が細かすぎて、実用的ではない
- 2002年 WHO分類 起源となる細胞や、組織学的、遺伝子解析結果などに基づき分類したもの
現在、犬のリンパ腫を病理組織学的に分類する場合には、新Keil分類とWHO分類を用いることが多く、その他の分類で診断されることはまずありません。
WHOという記述が出てきますが、これはWorld Health Organizationのことです。世界保健機関であり、ヒトのことだけではなく、犬のリンパ腫も分類されています。
WHO分類にはどのようなものがあるかをご紹介しますが、ここでは一つ一つ見ていただくというよりは、犬のリンパ腫をこれほどに分類するのかという感じだけを掴んでいただければ結構です。
前駆B細胞性腫瘍
Bリンパ芽球性白血病/リンパ腫
成熟B細胞性腫瘍
B細胞性慢性リンパ性白血病/リンパ腫
Bリンパ球性リンパ腫、中間型(LLI)
リンパ形質細胞性リンパ腫(LPL)
濾胞性リンパ腫(FL)
マントル細胞リンパ腫
濾胞中心細胞リンパ腫
辺縁帯リンパ腫(MZL)
形質細胞腫瘍
緩慢進行型形質細胞腫
退形成性形質細胞腫
形質細胞性骨髄腫
大細胞型B細胞リンパ腫
T-cell-rich B細胞リンパ腫
大細胞性免疫芽細胞型リンパ腫
びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(DLBCL)
バーキット型リンパ腫
前駆T細胞性腫瘍
Tリンパ芽球性白血病/リンパ腫
成熟T/NK細胞性腫瘍
大顆粒リンパ球(LGL)増殖性疾患
T細胞性慢性リンパ性白血病
T細胞性LGLリンパ腫/白血病
NK細胞性慢性リンパ球性白血病
皮膚T細胞性腫瘍
皮膚上皮向性リンパ腫(CEL)
皮膚非上皮向性リンパ腫(PTCL)
T領域リンパ腫(TZL)
血管向性リンパ腫
腸管T細胞リンパ腫
退形成性大細胞リンパ腫
どうでしょうか。病理組織学的、そして免疫学的に行うWHO分類が予想よりも多かったのではないでしょうか。実は、もう少し多いのですが、同じような診断名をまとめて書きましたので、これでも控えめな方です。
これに対して、新Kiel分類というものがあります。
・T細胞 リンパ腫の低悪性度(12%)
・T細胞 リンパ腫の高悪性度(21%)
・B細胞 リンパ腫の低悪性度(9%)
・B細胞 リンパ腫の高悪性度(59%)
このように、T細胞の悪性度の高いもの、低いもの、そしてB細胞の悪性度の高いもの、低いものという分類です。大変にシンプルで治療方法の選択にも使えます。WHOの分類に比べると動物病院向けで実用的です。
繰り返しになりますが、このような診断名がわかることで、治療方法を選択したり、予後をある程度予測したりすることができます。
後でお話をする、遺伝子クローナリティ検査というものがあります。PCR検査(PARR)を行ってより正確にリンパ腫を判定するものですが、病理組織学的検査の補助として使うことになります。そして、病理組織学的検査とPCR検査(PARR)を合わせて行うことが推奨されているリンパ腫があります。
・T領域リンパ腫
・辺縁帯リンパ腫
・マントル細胞リンパ腫
・濾胞中心細胞リンパ腫
この4つは、WHO分類にあるリンパ腫です。
これらは、顕微鏡で観察されているリンパ系細胞がクローンであることを証明することが大切ですので、病理組織学的検査とPCR検査(PARR)を合わせて行うことになります。ただし、動物病院で治療を行うときには、新Kiel分類で治療を進めることが一般的です。
クローンであるとは、初めは1個のがん細胞だったリンパ球が、コピーをたくさん作ってリンパ腫ができた。つまりは、リンパ腫の全ての細胞が、同じ遺伝子を持っているということを証明しなければなりません。
ここで、せっかくWHO分類をご紹介したので、これに関係するお話を少し挟んでおきますね。
犬のリンパ腫をWHO分類すると最も多いのが、びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(DLBCL)だということがわかっています。
そうです、初めに例でお話したリンパ腫がまさにこれでした。犬のリンパ腫では最も多いものです。
WHO分類は、人のリンパ腫の分類を犬にあてはめようとしたものですが、人にはない犬にみられるリンパ腫が追加されています。それは、T領域リンパ腫(TZL)です。最も多いとされる、びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(DLBCL)とT領域リンパ腫(TZL)では、治療に使う抗がん剤が異なります。
ここで、もう少し踏み込んだお話をします。
先ほどから出てきているT細胞、NK細胞そしてB細胞についてです。
T細胞、NK細胞そしてB細胞も全てリンパ球です。リンパ球はもっと細かな分類がありますが、犬のリンパ腫を作るがん化したリンパ球が、T細胞、NK細胞由来なのか、それともB細胞由来なのかで大まかに分けることがあります。新Keil分類では、このことは特に大切です。
通常の方法でリンパ球を観察しても、見えているがん化したリンパ球が、T細胞由来なのか、NK細胞由来なのか、それともB細胞由来なのかは判別することができません。
私も検査センターに病理検査を依頼することがありますが、病理組織学的診断としては、次のような回答が返ってきます。
【病理組織学的評価】 脾臓リンパ腫 Splenic lymphoma
【コメント】 この脾臓には中〜大細胞型のリンパ腫が検出されました。核分裂像も頻繁で、いわゆる高悪性度リンパ腫と捉え られると思われます。腫瘍細胞のT/B分類に関しては免疫染色やクローナリティ検査で確認することができます。 免疫染色に使用する抗体は下記の通りです。これらの検査は有料です。
CD3・・T細胞マーカー
CD20・・B細胞マーカー
このことを解説しますね。
これは脾臓にできたリンパ腫を診断したものですが、顕微鏡を使って検査をした結果、リンパ腫だというところまでは確定したものの、それ以上の診断を行うためには、免疫染色やクローナリティ検査が必要だとコメントされています。
免疫染色やクローナリティ検査を行わないと、先にご紹介したWHO分類ができないわけです。
この免疫染色やクローナリティ検査が、まさにリンパ球がT細胞由来か、B細胞由来かを知るための検査です。T細胞の表面には、CD3というものがついています。これを表面抗原といいますが、これを検出する特別な方法が免疫染色という染色方法です。
リンパ球は染色液を使って色をつけないと顕微鏡では観察することが難しいのですが、特別な染色方法である免疫染色をすることで、CD3というT細胞(リンパ球)にしかないマークを識別することができるようになります。B細胞にあるマークはCD20です。
では、クローナリティ検査とは何でしょうか?
これは、遺伝子クローナリティ検査のことで、がん化したリンパ球を遺伝子レベルで検査する方法です。ちょっと難しいことをお話しますが、ゆっくりと段階的に進めますから心配ありませんよ。
まず、がん化したT細胞は、どんどんとコピーを作ります。それががん化というもので、がん細胞とは初めは1個だったがん細胞のコピーがどんどん増えていくのが特徴です。
つまりは、がん細胞は初めは1個から始まるコピーなので、これをモノクローナルな増殖といいます。増えているがん細胞は全て同じ遺伝子を持っています。それに対して、1個から始まるコピーではなく、単にたくさんのリンパ球が集まってきただけというものも存在します。これはがん化したリンパ球ではありません。このコピーではないリンパ球の集まりをポリクローナルな増殖といいます。
ポリクローナルな増殖は、リンパ球の反応性過形成と呼ばれる変化や正常なリンパ節でみられ、リンパ腫とは区別されます。
遺伝子クローナリティ検査では、集まっているリンパ球が、モノクローナルに増殖しているリンパ腫なのか、それともポリクローナルに増殖している反応性過形成や正常組織なのかを区別することができます。
それと同時に、T細胞というリンパ球か、それともB細胞というリンパ球なのかも区別することができます。
余談ですが、1つの個体を作っている多数の細胞のDNAにある遺伝子は全て同じはずです。犬の細胞でいいますと、皮膚の細胞にある遺伝子情報も、肝臓の細胞にある遺伝子情報も、そしてリンパ球にありう遺伝子情報も同じはずなのですが、リンパ球だけは特別です。しかも、T細胞というリンパ球とB細胞というリンパ球を区別することもできるのです。
このことを利用したのが、遺伝子クローナリティ検査です。
しかし、リンパ腫を構成するリンパ球がT細胞かB細胞かを調べるために最も多く用いられているのは、遺伝子クローナリティ検査ではなく、免疫染色による方法です。
免疫染色が終わるとWHO分類よりも、動物病院で使うのにもっと便利な分類である新Keil分類を行うことができます。
これは、リンパ腫をT細胞の低悪性度と高悪性度、そしてB細胞の低悪性度と高悪性度に分けるものです。
・T細胞 リンパ腫の低悪性度(12%)
・T細胞 リンパ腫の高悪性度(21%)
・B細胞 リンパ腫の低悪性度(9%)
・B細胞 リンパ腫の高悪性度(59%)
ここまで読み進めて下さった方、もう少しで終わりです。
最後にご紹介するのはステージとサブステージです。これは、言葉の説明よりは、それぞれのステージが何を意味するかを見ていただいた方がわかりやすいので、このまま読み進めてください。
<ステージ>
ステージI 単一のリンパ節または単一の臓器におけるリンパ系組織に限局した浸潤がみられるもの
ステージII 複数のリンパ節に限局した浸潤がみられるもの。扁桃への浸潤がある場合もない場合も含む
ステージIII 全身リンパ節への浸潤
ステージIV 肝臓または脾臓への浸潤がみられるもの。全身性のリンパ節への浸潤が認められない場合も含む
ステージV 血液、骨髄、またはその他に部位への浸潤がみられるもの
<サブステージ>
サブステージa 症状なし
サブステージb 症状あり
ここから、専門用語の解説をしますね。
リンパ系組織とは、リンパ節やリンパ球が集まっている組織です。リンパ球が集まっている組織は、皮膚や消化管にもあります。
浸潤とは、染み入るように広がるとイメージしてください。他の組織との境界がはっきりとしているものとは異なり、境界が不明瞭な広がり方をします。
この記事はこれでほぼ終わりです。再度、初めに見ていただいたリンパ腫の診断名をご覧いただきます。
犬の多中心型リンパ腫 びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫 (DLBCL) ステージ5b
これから読み取れるのは下のとおりです。
多中心型→犬のリンパ腫では80%以上を占める、最もよく見られるもので、ほぼ全身のリンパ節が腫れている
びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫→犬のリンパ腫を組織的そして免疫学的に分類すると最も多くみられるもので、B細胞というリンパ球ががん化した腫瘍
ステージ5→血液、骨髄、またはその他に部位への浸潤がみられるもの
サブステージb→犬は無症状ではなく、何かしらの症状が現れている
もし初めて見られたときよりも、わかりやすい印象を持っていただければ、この記事を読んでいただいた価値を見出していただけると信じております。