【犬猫の卵巣遺残症候群】不完全な不妊手術で起こるはずのない発情が起こる。獣医師が解説します。

犬や猫に不妊手術を受けさせたのに、数か月から数年後に発情が見られたというのが、卵巣遺残症候群の症状です。これは取り除かれるべきだった卵巣が、完全に取り除かれていなかったためにこるもので、治療は当然ですが、残った卵巣をしっかりと取り除くことです。もちろん2回目の手術が必要です。残された卵巣がとっても小さいと、2回目の手術で取り除くことが難しいということもあります。

犬や猫の不妊手術 ( 避妊手術 ) は、多くの動物病院で日常的に行われている一般的な手術です。多くの飼い主さんにとって不妊手術を受けさせることは、それなりの覚悟と不安を伴うものだと思います。

その中で、愛するどうぶつを獣医師に託して手術を受けさせる訳ですが、そもそも不妊手術の難易度はどのようなものか考えたことはあるでしょうか。一般的な手術であり多くの動物病院で行われていて、恐らくは獣医師が生涯のうちで最も多く行う手術のはずです。しかし、雌犬の不妊手術について言うと、決して簡単な手術ではありません。

私は、いろいろな手術をする方だと思います。

難易度の高いとされる、例えば、前十字靭帯の損傷の治療であるTPLOやTTA、胆嚢粘液嚢腫の治療としての胆嚢摘出、椎間板ヘルニアの治療である片側椎弓切除術、そして膝蓋骨脱臼の整復手術を行いますが、これらは二次診療施設と呼ばれる高次の診療施設で行われることが多く、生涯に渡って、行うことがない獣医師も多いと思います。

そのような手術と比較しても、犬の不妊手術は結構気を使います。

私も日頃最も多く行うのが、犬の不妊手術であるにも関わらずです。

その理由は、この手術の手術方法で最も大切なのが卵巣にいく動脈の処理であり、そこを適切に処理できないとどうぶつを死に至らしめてしまうことがあるからです。
慎重に丁寧に行えば良いと言えば良いのですが、犬の卵巣周囲の状態は個々に異なりますし、卵巣は脂肪の塊の中にありますから、目視で卵巣を確認することは難しいのが通常です。ではどのようにして切除する卵巣を確認するかと言いますと、触診で行うようにしています。

脂肪の塊の中に卵巣があり、この卵巣を触診で確認しながら、そして、卵巣へと走る動脈をしっかりと処理をする。このことが、この手術を難しくしていると思います。

そこで、どのような事故が起こるかと言うと、卵巣の取り残しや、動脈処理に対する失技により大出血を起こして死なせてしまうことです。

私は幸いにして、このような体験はせずに済んでいますが、このようなことで問題を抱える飼い主さんから相談を受けたり、実際にそのような犬を診察したりしています。

2つのエピソードがあります。全て、他の動物病院で手術を受けられた方々で、その後私のところに相談や診察に来られました。

一つ目は、出血死です。
私の動物病院からやや遠方にお住いの方ですが、その方のお住まいの近くで有名な動物病院がありまして、その大きな動物病院で犬の不妊手術をされたそうです。すると、終わったと言う連絡を受けられてあまり時間が経たないうちに、再度お電話があり、亡くなったと告げられたと言うことです。しかも迎えに行くと、亡くなった原因は動物病院側にはなく、犬の特異体質だという説明を受けたそうです。
その後で、日頃診察をしていた私のところへ来られ、その近所の大きな動物病院での惨事を涙ながらにお話されました。もう時間も経っていますし、情報もほとんどありませんので、はっきりとした死因はわかりません。ただ私が考えるに、亡くなった原因は出血死だと思います。それは、手術が終わってから、一度終わったという連絡があったということから考えますと、麻酔が影響していることはないと思います。そのほぼ直後に何かあったとなると、出血以外は考えられません。

二つ目は、卵巣遺残です。

不妊手術を受けた犬に、発情が起こったということです。見ますと、外陰部が大きくなっていまして、出血も見られます。普通の発情が起こっています。でも、お話を聞くと不妊手術はすでに済んでいるのだそうです。これは完全に卵巣遺残、つまりは、不妊手術で卵巣と今回の場合には、子宮のある程度を取り残したのだろうと予想できます。

結局再手術を受けることになって、再度取り残された卵巣と子宮の一部を取りました。

エピソードでは、二つのエピソードだけをご紹介していますが、卵巣遺残は、近いところでも3件は見ています。その3件に共通しているのは、やや中型の犬だということです。おおよその体重は10kg以上です。想像するに、卵巣がかなり大きめの脂肪の塊の中にあって、卵巣の形がわかりにくかったのかも知れません。

私のところでは、このようなことが絶対に起こらないような手術手技を用いていますし、使用する医療機器もまた強力なアイテムになっています。これから始める腹腔鏡手術もまた安全策の一つです。

どこでもやっている不妊手術。でも、このような危険が潜んでいることも考える必要がありそうです。