日帰りでTPLOをした話 – 犬の前十字靭帯断裂 –
落花生の旬なんですね。先月台湾を旅したときに買った塩茹でがおいしくて、旅の良い思い出になっています。
まだ旅の余韻に浸っているときに、近所の八百屋さんで生の落花生を見つけました。塩茹でを早速作ってみたところ、食べ始めると止まらなくなる程においしくて、やめ時を失って困っています。
今回は、犬の前十字靭帯断裂の話です。
かかりつけの動物病院で紹介された整形外科の手術費用が高額だったために、他の動物病院に問い合わせをし、最終的に当院で手術をして経過は良好。という話です。
外科手術を控えている犬の飼い主の中には、かかりつけの動物病院で紹介を受けて、外科手術ができる動物病院に行ったけど、提示された金額が予想よりも高かった。そんな経験をされた方も多いでしょう。
かかつけの動物病院から紹介された病院、多くは専門的な科がある動物病院、に不安や疑問があった場合、そのまま受け入れるか、さらに他に転院するかに別れることになります。
ほとんどの場合、消極的でも専門病院を受け入れることになるのではないでしょうか。
転院をすることは、二つの動物病院をおいて、三番目の動物病院を検討するということなのです。それはそれで不安かも知れません。
でも、そのようなときには、セカンドオピニオンというか、サードオピニオンというか、話だけでも聞いてみて判断することをおすすめします。大切なことを決定するわけですし、そもそも自由に選択することができるわけですから、ここは慎重に。
少しばかり遠いところにお住まいの方が、いつも行かれている近所の動物病院で、足を悪くした犬の相談をされました。その動物病院の先生は、専門病院に行くようにと動物の整形外科を紹介されたようです。紹介された整形外科で診察を受けられた飼い主さんからお電話をいただきました。
犬のTPLOはいくらですか?TPLOという手術費用を知りたいというお電話でした。
整形外科の動物病院で診察を受けてから、当院にお問合せをいただくということは、整形外科で出された見積もりに対して、それが相場の範囲内かどうかの調査目的のはずです。
僕は直接金額は聞いていませんが、看護師からの伝え聞きですと、専門病院では、うちの3倍以上の手術費用を提示されたようでした。
TPLOとは、膝にある靭帯、前十字靭帯が切れたり傷んだりしたときに行う手術のことです。ヒトにも前十字靭帯があって、切れたり損傷したりします。しかし、犬の前十字靭帯の断裂は、ヒトとは違う原因で起こり治療方法も異なるのが特徴的です。
このTPLOの手術には、まとまった手術費用がかかります。
手術費用は動物病院によってかなりの違いがあるようです。この飼い主さんは、整形外科で提示された手術費用が高額だったために、驚いた様子でした。
TPLOの手術が高額なのと、動物病院による手術費用の違いについて少しばかり解説します。手術費用が高額になるのはなぜか、僕の考えです。
- 手術に高度な手技が必要
- TPLO専用の道具を使う
- TPLO専用の器具を装着する(骨プレートとスクリュー)
- 診断や手術計画で特殊な画像検査を行うことがある
この中で、どの動物病院でも大きく変わらないコストは、TPLO専用の器具(骨プレート)くらいでしょう。技術料、使用する道具、画像検査の選択は、動物病院ごとに異なります。
TPLOは、犬の整形外科手術の中でも難易度が高い手術です。技術的に高度な手技が必要なうえに、特別な手術設備が必要ですから、そもそも手術ができる動物病院は限られています。
画像検査としては、基本的なX線検査で診断と手術計画が可能です。それ以外の検査オプションには、膝の超音波検査、MRI検査、関節鏡検査があります。これらは、前十字靭帯の損傷の程度を調べるものです。
どのような検査をオプションとして追加するかで、費用も変わります。あとは、入院期間やその後のリハビリにかかる費用です。
痛い足を庇いながら歩く犬をみると、どうにかしたいと思う。この気持ちは、飼い主も私たちも同じです。そのためには、手術が必要で、手術には費用がかかる。それが、ある程度想定内であればよかったわけです。
この飼い主さんは、治してあげたいけど整形外科で提示された手術費用が高額で躊躇している。そんな印象でした。電話から心配な気持ちが伝わってきます。
当院で行っているTPLOの手術費用を伝えると、こちらで手術を希望され、早速診察にいらっしゃいました。
実際に会ってみると、この犬は家族以外の人に慣れていなくて、診療中は常に緊張しています。飼い主さんは、入院についても心配のようです。できれば日帰りさせたい、という希望がありましたので、手術後は入院することなく日帰りしてもらうことになりました。
日帰りについては、いくつかの注意事項があります。私としては少しの不安はありますが、日帰りはできると判断しました。飼い主さんはとても安心したようです。
手術当日に来院され、一通りの検査をして、全身麻酔を開始。TPLOの手技に沿って型どおりに手術をしました。当院では、執刀者、助手1名、麻酔担当1名の3名で手術を行っています。TPLOも、同様の体制です。
TPLOのLOは、「骨切り」という意味で、私は、この骨切りに最も気を使います。TPLOでは、特殊な電動ノコを使ってスネの骨を切りますが、これが最も重要な工程です。
骨切りは、ミリ単位のズレもないように細心の注意を払って行います。筋肉に覆われて見えない骨の立体構造をイメージしながら切り進めて行かなければならなりません。ですから、骨を切りながら切る角度がズレていないかを何度も確認します。
骨切りは、やり直しが効かない、一回勝負です。
もしもミリ単位で骨切りラインがズレてしまったら、その後の工程に進めなくなる可能性があったり、どうにか進めても、キレイな仕上がりにならなかったりします。
このために、TPLOでは、骨切りラインがズレ難いように、ジグという骨切りガイドする器具もありますが、ある程度の大型犬にしか使えません。また、このジグを使うにしても、手術工程が一気に増えるために、使わない獣医師がほとんどだと思います。
私は、獣医外科、特に整形外科をする先生方は、どこかぶっ飛んだ精神構造を持っていると思えてなりません。そうでないと一発勝負で骨を切ったりはできない気がします。多分私もその一人です。
TPLOで、骨切りを行うときに注意するのは、骨切りラインだけではありません。骨切りラインに近いところ、膝の裏に2本の大きな動脈が通っています。この動脈が切れてしまうことがあるために、切らないように電動ノコを操作しなければなりません。
この膝裏の動脈は見えないのです。もし切れたら、見えないところから、血液がどんどんと溢れてきます。ある先生は、この出血を泉のようだと表現しました。
かつて国内で行われた学会で、この動脈が切れた場合、どのように対処しているかを質問したことがあります。
切れる時には切れますよ。とか、切れたら膝のあたりを圧迫してしばらく待ちます。とか、結局出血はすぐには止まらないから、そのまま手術を続けます。とか、結果、それで危ないことは起こりません。とか、整形外科、またTPLOをする獣医師は、動脈出血恐れるに足りずという感覚を持っていることを改めて知ることになりました。
TPLOの手術方法では、この動脈を切らない工夫が示されているために、基本に忠実に手術を進めれば出血は起こりません。それでも、出血に備える必要もあるし、動脈を切ってしまわないように何重にも注意をします。
結果、この犬は無事に手術を終えて、麻酔の覚めも良好だったため、予定どおりに日帰りで帰って行きました。
当院では、術後のフォローアップを3か月間行います。最後のフォローアップでもとても快適に歩いてくれていて、飼い主さんもとても喜んでくださいました。
以下、関連リンク
犬の前十字靭帯断裂 TPLOという手術
https://www.nihonbashiah.jp/column/2023/04/4426/
TPLOという手術 – 前十字靭帯の損傷 –
https://www.nihonbashiah.jp/column/2018/03/4255/
TPLOを行っています。 – 犬の前十字靭帯断裂 –
https://www.nihonbashiah.jp/column/2018/11/4286/
【犬の前十字靭帯断裂】TPLOって何?獣医師が解説します。
https://nihonbashiah.jp/blog/190421tplo/