お腹の中に入っていたもの。【犬の胃切開】
例年ですと、桜が満開の時期ですが、今年は見頃はとっくに終わり、ソメイヨシノは鮮やかな緑色に向かっています。入学式の頃の桜は、最近では卒業式に頃の桜へと変わってしまったという印象です。
今回は、もともとは違う目的で手術をする予定でしたが、急遽胃切開を追加で行なったワンちゃんのお話です。
不妊手術を行なっていない男の子も女の子も、ある程度の高齢になってきますと、生殖器に何かしらの異常が見られることがよくあります。
男の子の場合、去勢手術をすることで発生率が減る病気や完全に予防できる病気がありますが、その中の一つには精巣腫瘍があります。
健康診断でこられたのですが、精巣の左右に明らかな大きさの違いがありましたので、手術をご提案しました。そういえば段々と大きくなってきた気がするとのことでした。初めは、手術という言葉にわずかに動揺された印象がありますが、すぐに翌日の手術をご予約されました。
精巣腫瘍は、見たり触ったりすることで、左右の精巣の大きさが違うことがすぐにわかります。左右の大きさが異なる原因として「腫瘍」を第一候補に考えて、さらに詳細に検査を行います。左右の精巣の大きがさが違うにもかかわらず、腫瘍ではない場合もあります。いわゆる脱腸です。陰嚢ヘルニアというものがあり、お腹の中の脂肪が入り込んでいる場合があったり、精巣炎と呼ばれる変化を起こしていることもあります。
精巣腫瘍の場合、手術はそれほど難易度が高くはありません。むしろ獣医師が行う手術の中では基本的なものだと思います。しかし、陰嚢ヘルニアの場合には、それなりに難しい手技も必要になりますし、精巣炎でもときに、止血がうまくできない程に炎症が激しいこともあります。
精巣に左右差があるということで、最も多いのが精巣腫瘍だというのは間違いありませんが、全てがそうだとは言えませんので、手術前に、他の病気ではないかをしっかりと確認しておおかないといけません。最も可能性が高い精巣腫瘍の場合が、最も容易な手術手技でできてしまうので、腫瘍ではなかった時に想定外として対応が遅れることがあるからです。
ご家族の方々は、手術に前向きで、すぐにでも手術を希望されました。触診では、精巣腫瘍で、ヘルニアや炎症の可能性は低いと考えました。それでも高齢のワンちゃんでしたので、手術の前にはX線検査と血液検査を実施しました。そこで新しくわかったことがあります。
胃の中に、異物が入っていました。
それは、きれいな長方形をしていましたので、人工的な何かだということはすぐにわかりました。ちょうど消しゴムのような形です。ご家族の方とお話をして、一度は吐かせる処置をしてみることになりました。
精巣腫瘍の手術だけであれば、麻酔をかける時間も短くて済みます。それだけワンちゃんの負担も少なくなります。そこで、血管確保といいまして、腕の静脈に留置針と呼ばれる細いカテーテルを設置し、吐かせるための薬をゆっくりと注射しました。数分後には、ワンちゃんはゲエゲエと吐く仕草をしたのですが、出てきたのは胃液だけでした。
胃の中にある異物は、飲み込むとはできたが、吐き出すことができない大きさという物があります。今回はまさにそれでした。吐き出すことができませんので、胃切開をすることになりました。
精巣腫瘍を切除するのは短時間でできますので、まずはやや時間のかかる胃切開から行いました。胸が深めの犬種で、お腹を開けてから胃を開けるまでやや大きめの脂肪がありました。これをそっと除けてから、胃をそっと牽引して、メスで穴を開けます。
中から出てきたのは、事前のレントゲンに映った物だけではなく、映っていなかった物も色々と出てきました。胃に開けた穴に指を入れて、中に取り残しがないかを確認してから閉じました。胃は吸収糸と呼ばれる、最終的に溶ける糸で縫合します。今回使った糸が溶けるまでには数か月かかりますが、痕も残らずにきれいになりますので、好んで使っています。
胃切開が終わると、精巣腫瘍を取り除く手術に取り掛かりましたが、こちらは早めに終わりました。通常行う去勢手術とほとんど同じくらいの時間です。
胃の中から取り出したものは何かと言いますと、実はご家族の方もわからないものでした。散歩の時に食べたのかなー、それとも家具の部品かなー、あれかも知れない、これかも知れない。そんなお話がありました。結局、あまりお心当たりのない物でした。
と、言うことは、いつ飲み込んだかも不明です。1か月前なのか、1年前なのか。誰にもわかりません。何はともあれ、腫瘍も胃の中も異物も、同時に解決し、数日だけ食事を調整するために入院した後でご家族の待つお家に帰って行きました。胃切開をすると、直後は普段食べている物を食べることはできません。段々と元に戻します。その過程ではお腹が空くこともあります。あまりにもお腹が空いて、また異物を食べてしまわないかも心配でしたが、お家に帰る数日後には普通のドッグフードを食べることができるようになりました。
異物は隊員の日に、ご家族に確認していただいたのですが、困ったなー、というお父さんのお顔と、スッキリしてお家に一緒に帰ることができるという笑顔のお母さんのお顔が少し対照的でした。
誰にも気づかれずに、また何かを食べることがありませんように。心から願っています。2回目の胃切開は避けたいものです。