猫さんの口から出血 – 猫の扁平上皮癌 –
間違いなく花粉が飛んでいますね。毎年花粉症に悩まされる僕には、がっかりですが、まあ、これは春になったということで気持ちの中では、この花粉の飛来をいくらかは歓迎しています。
口から出血する猫さんが来院しました。
扁平上皮癌というものでした。
猫さんは、一見すると重い歯肉炎だろうかと思ったのですが、どうやら歯肉の状態はそれほど悪くなく、口をそっと触っても、痛そうではありません。どこから出血しているのか。舌の裏からでした。口の中をなかなか見せてくれませんので、よく観察するために麻酔をかけようかと考えたのですが、その前にちょっとの間だけ見せてくれました。
2日後に手術をすることにしました。
麻酔をかけて、さらによく観察すると、舌の裏に大きめの腫瘍を認めました。
かなり大きいので、取り除くことはできても、その後をしっかしと縫合することは困難に見えました。
麻酔をかけてから腫瘍の全体像を確認しましたので、そのままここで、選択しなければなりません。
・この腫瘍を取らない。
・一部を取って、病理組織検査を行い、その結果で再度手術をするかを検討する。
・全部切除する。
ご家族のお父さんは、シニアでとても優しい方です。
心から心配し、心から喜ばれる方です。そして猫さんは高齢です。
お父さんとのお付き合いは、もう10年近くになりますので、どうするべきかは、わかっているつもりです。そのお顔を思い浮かべながら、最善を尽くすことにしました。
とにかく取れるだけ、基本的には全てを切除することにしました。
そうしないと、舌の裏にあるこの腫瘍は、いつ出血をするかわかりません。
もしそれが夜中だと、猫さんはもちろんのこと、お父さんがとても心配されますし、夜間救急の時間に僕が一人でできることには限界があるかも知れません。
新しい電気メスは、とても良いもので、とても細かく切開できますし、しっかりと止血できます。助手さんに舌をそっと持ってもらって、腫瘍の切除ラインを切っていきました。薄くではありますが、舌の粘膜の下にしっかりとした血管が見えます。ここを不用意に傷つけてしまうと、かなりの勢いの出血がありそうです。
慎重に切開を進め、時に出血もありましたが、問題なく止血することができました。
舌の裏にできた腫瘍は、すっかりきれいに取り除けましたが、次にそこにあいた領域を縫合しなければなりません。
結構大きな穴になっていますので、この穴を完全に塞ぐように縫合するのは難しかったのですが、どうにかなりました。一部、腫瘍につながる動脈がありました。動脈出血がわずかにありましたが、電気メスを使うと瞬時に止血できます。ただ、このような動脈出血は、止まったように見えて、後から出血をすることもありますから、慎重に確認して縫合を終了しました。
麻酔中はやや血圧も低めですし、逆に麻酔から覚めると一時的に普段よりもやや高い血圧になることがありますから、その時に手術中は止まっていたところから出血が始まることがあります。
これは結構怖いことで、麻酔中であればどんな止血でもできるのですが、麻酔から覚めてしまっていると、使える機器も限られますし、安全のために出血箇所を糸で結紮することも困難です。
ヒトの肝臓外科で、とても有名な日本大学の高山教授は、細かな血管もほとんどを手を使って糸で結紮されます。機器を使った方が早いのですが、おそらくは確実に止血をすることを考えてのことだと思われます。糸で血管を結紮する数は、1回の手術で200から300か所だそうです。
せっかくうまくいった手術で、術中確認で出血が認められないにも関わらず、術後に出血が始まるのはとても辛いことです。
今回の手術では、幸いにも術後出血もなく経過は良好です。
あとは病理組織学的検査で、どのような診断が出るか。
僕が考える鑑別診断リストには、扁平上皮癌があり、これですととても厄介です。
しかし扁平上皮癌の可能性が極めて高く、そうなると今回は取りきれていても、早い段階で再発も考えられます。結局は完治することがないかも知れません。
最終的に口からの出血がなかなか止めれれず、水を飲んでも、ご飯を食べても、食器に血が付くこともよくあります。このようなことから、手術をする場合には、初めから完治が見込めない可能性をお伝えし、そこでお受けするようにしています。
完治しないならば、できるだけこのまま付き合うという方もありますし、できるだけのことをとにかく積極的にやるという方もあります。
今回の猫さんのお父さんは、まだそこまでお話はできていません。
麻酔をかけてまずは検査が目的ですので、このデキモノについての考察はこれからでした。
とっても優しいお父さんは、この猫さんを大変にかわいがっていらっしゃいます。
病理検査の結果は、おおよそ1週間ほどででますので、その時にはお話をしなければなりません。
僕の信条としまして、獣医師としての予想もお話すべきであるというものがあります。
今回であれば、デキモノは何でしたか?と、お迎えの時に質問があるはずです。
それに対する正しい回答は、病理組織学的検査が1週間ほどででますので、そこでご回答いたします。かも知れません。ですが、まずはそのように回答した後で、予想ですので、外れることもあるのですがとお断りをしてから、考える予想もお話するようにしています。
ご家族の方は、正しい答えだけを知りたいのではなく、このようなことをたくさん見てきている僕の予想も同様に知りたいはずです。
おそらく多くの方が、僕が予想のお話をもししなかったとしたら、きっとインターネットでいろいろとお調べになるはずです。そして、必要以上にご心配をされるでしょう。
僕が診察をさせていただき、とても心配されているこのお父さんに、それ以上の心配はしないで欲しいわけですし、できれば安心をご提供しなければなりません。
まずは病理組織学的検査を待って、次の手を決めなければなりませんが、良い方に予想が外れないかという期待もあります。
お父さんが笑顔のままで猫さんと過ごせますように、心からそう思いますね。