日本橋動物病院だより

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希望の星 – お母さんと歩んだ19年 –

少しばかり長期になりますが、小さな患者さんが入院しています。
もう19歳です。

お母さんは、ご自身が体調を崩されていて入院療養中です。
それまでお一人でこの小さな子をみていらっしゃいましたが、ご自身が病院に入らないといけなくなり、退院までの間、この子を当院に託されました。

お母さんのお家にはこれまで多くの子がいました。今はこの子だけですが、初めて診せていただいてから、これまで他の子を含めてもう15年ほどになるかも知れません。

この子はかなりの高齢で、しかもいくつかの病気があり、いつお別れの日が来てもおかしくはありません。それでも日々ゆっくりと穏やかに過ごしてくれていて、低空飛行ながらどうにか今日まで飛び続けることができています。

お母さんとこの子との間の思い出話があります。
それはまだお母さんがとってもお元気で、お仕事をされていた頃のことです。
当院からそう遠くはないところで、お店をされていました。
お母さんは、そのお店のオーナーさんと、ほぼ二人三脚で朝か晩までお仕事をされていました。
勝手な想像もありますが、ご自宅に戻られるとご家族がありましたが、お店で過ごされるお時間が長かったと思います。

この子は、もともとそのお店で、お母さんとオーナーさんに可愛がられていた子です。

特にお店のオーナーさんがとても大切にされていました。
お店には他にもどうぶつ達がいたのですが、病気や老衰によりゆっくりと数が減り、この子が最後の子になりました。

ある日突然にオーナーさんが病気で倒れられ、それからしばらくして、そのまま戻らぬ人になり、さらにその後しばらくしてお店が取り壊しになりました。
そしてご主人の急逝があり、今回はご自身のご病気です。
オーナーさんとのお別れ、お店の取り壊し、ご主人とのお別れ。思い出が一つずつ少なくなって行きます。
10年前にあった、お母さんを取り巻く環境は、一変しました。
 

この子は、お母さんの思い出をいっぱい背負っている子です。
お母さんにとって、この子は、長年一緒にお仕事をしたお店のオーナーさんの宝物であり、ご自身が懸命にお仕事をされていたお店の思い出であり、最近は一緒に暮らす家族です。僕が受ける印象としては、元気な頃のお母さんの象徴的な存在です。今は、お母さんはこの子と二人暮らしです。

そのお母さんが入院。そしてこの子は19歳にしながら重い病気を抱えて治療のために入院。

お母さんの治療は、なかなか先が見えないもので、終わりが見えないのでとても辛そうです。そこに、この子の入院。しかも思い出がいっぱい詰まった子は、お家に帰ることができないかも知れないほどの状況で、お家に帰ったとしてもお母さんも誰もいません。

お母さんが病院に、そしてこの子が当院に入院した頃、ご自身がお家に帰ればこの子の病気が良くなると思われていて、お母さんも早く帰れるようにするからねと、ご面会のたびに涙されていました。この子にとって、お家にいることは精神的には大切なことですが、体は治療を必要としています。

この子は19歳で、重い貧血があり、重い腸炎があり、腎臓も年齢相応に弱くなっています。特に思い腸炎には治療の継続が必要で、貧血も生命を維持するのがやっとなレベルです。治療を中断してお家に帰ると3日も持たないかも知れません。そしてお家には今は誰もいませんから、そう多くの選択肢はありません。

お母さんは、この子にいつ何があっても不思議ではないことは理解されていて、朝にこの子の様子をお知らせするためにお電話をすると、まだ頑張ってくれてるんですね、すごいねー、などとお話しされます。最近は、おおよそ3日に一度くらいご面会に来られます。

ご自身の治療が1日に何回かありますから、その合間に外出して来られます。聞くところによりますと、病院の先生も看護師さんもこの子の入院をご存知で、応援してくださっているようです。

数日前の朝に、この子のお部屋の掃除をするときのことです。
すーっと、この子の呼吸が止まりました。
痩せているので、心臓がドキドキと鼓動しているのは目でも確認できます。
虚脱して、意識がなくなりました。
すぐに必要なお薬を入れ、酸素マスクをつけました。

お母さんに、辛い現状をお伝えしなければなりません。
お電話をして、今の様子をお伝えしました。
驚かれてはいましたが、ついにその時が来たのかと思われたようでした。
12時には行けるけど、今はまだ自分の治療中でベッドから出ることができないとのことでした。
それまでは難しいかも知れません。とお伝えしましたが、この状態からはお薬を使った救命措置以外はしないとお話しできていますので、この子にかけるしかありません。

それから数分後、ぱかっ、ぱかっ、と口を開き始めました。
自発呼吸とは言い難い不規則なリズムでしたが、次第にリズムを取り戻し、30分もすると安定したリズムで呼吸ができるようになりました。

ICUに入れて、酸素濃度、室温、湿度を設定し、お母さんの到着を待ちました。
あと1時間でお母さんに会えるよ、そのときには、多分後1時間は大丈夫だろうと、ギリギリだけど。そう思うくらいに心拍と呼吸数が安定しました。

そしてお母さんと対面です。
最近のご面会中には、お母さんご自身の病気についてお話しすることが多いのですが、今回はこの子のお話しもたくさんしました。

朝に呼吸が停止したときには、お昼までは到底無理だと思いましたが、頑張ってくれました。
お母さんも涙をポロポロ流しながらのご面会でした。

それから数日が過ぎ、再度お母さんに会うことができ、まだ穏やかに過ごすことができています。

ミルクを飲んだり、ちょっと缶詰を食べたり。
ゆっくりと立ち上がって、2-3歩は歩けます。
またお母さんに会えますように。
お母さんの希望の星は今日も輝いていますよ。