日本橋動物病院だより

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赤ちゃん誕生!! – 犬の出産 その1 –

ワンコの赤ちゃんが生まれました。

「お腹が大きくなってきて、」

そう言って、診察にいらっしゃいました。
小型のワンコのご家族です。

見た目にも、いつ生まれてもおかしくないような大きさのお腹をしています。
早速触診、聴診をしてから超音波検査をしました。
妊娠確認というよりは、赤ちゃんが元気かどうかの検査です。

超音波で見ますと、つるんと、赤ちゃんがお母さんワンコのお腹の中で動いています。
僕の表現が適正かどうか何とも言えませんが、つるんと動くんですよね。

いつ交配したかがわからないお母さんワンコですので、予定日も定まりません。
そこで、破水まで待つことになりました。
「待つ」と言うのは、おそらくは自然分娩できないと予想されますから、帝王切開のタイミングを図ることになります。

ご家族の方は、お家を空けられることが多いと言うことです。
そこで、お母さんワンコにはしばらく入院してもらうことになりました。
 
通常、出産前のワンコの体温は平熱よりも1度ほど下がります。
しかし、このお母さんワンコの体温は、はじめからやや低めでした。
だからと言って、この体温低下を100%信用して、お産準備を始めるのは慎重にならなければなりません。やはり破水を待つのが理想的です。

入院からしばらくした日の診療終了後に、あれっ?お母さんワンコが力んでいます。
看護士が気づいてくれました。
だいたい午後9時くらいです。
「残りましょうか?」この日の遅番は2人。2人とも、帝王切開をするなら残ってもらわないといけません。
働き方革命ってどうなんでしょうね。大切なことだとは思いますが、時と場所を選ばない命の現場では、このように勤務時間を超えて突然のシフト変更をしなければならないことがあります。うちの看護士のように柔軟に動いてくれるととても助かります。

この日はかなり多くの外来があり、看護士達はヘトヘトに疲れているに違いありませんでした。
ありがたいなー。本当に。そう思いながら、イヤ、大丈夫。ありがとう。本当に。

そう応えて、夜は帰ってもらうことにしました。
夜のことはどうにかできるだろうと言う考えからです。

しばらくお母さんワンコの様子を見ていると、看護士達が帰ってから結構早い段階で破水が起こりました。…、えっ?まあ、そうですね。何でも僕に都合がいいようになるわけではありませんよね。どちらかと言うと、むしろ思うようにならないことの方が多いですね。

確かに力んではいましたが、その後すぐにおさまってしまって、陣痛らしい動きはなくなっていましたから、ちょっと意外な出来事に、さてどうしようかといろいろな想定をしながら、一応帝王切開の準備を始めました。本来は獣医師一人で行う手術ではありませんが、それでも必要になったらやらなければなりません。

破水からしばらくして、そっとワンコの部屋を覗きますと、赤ちゃんが半分だけ出てきています。
いわゆる逆子で、後ろ足だけがだらんと垂れ下がっていて、まだ膜に包まれて、しかもその足は血色を失い、さらには浮腫んでいました。ウエストのあたりまで出てきたのに、それから引っかかってしまっていて、身動きが取れずにいます。

青白い仔犬の後ろ足だけが垂れ下がっている状態で、お母さんワンコは辛そうな顔を僕に向けて苦しんでいます。
すぐに膜を破り、介助に入りました。
仔犬を左右にゆーっくりと振りながら、引っ張りますが、なかなか出てきません。
これですと、お母さんワンコの自力ではどうやっても不可能です。
皮膚を優しく掴んで何度も何度も左右に動かしましたが、少しも動かず、お母さんワンコも頑張りますが、だらんと垂れ下がった足に全く動きもなく力も入っていないことで、余計に焦ってしまいます。
冷静に、冷静に、こんな時だからこそ冷静に。
基本手技をもう一度。
今度は、赤ちゃんが少しずつ娩出されます。青白く、ピクリとも動かないのは変わりませんが。

ぽとり。赤ちゃんが生まれました。どう見ても、生活反応が見られません。残念ながら、呼吸をしているようには見えません。首もだらんと、手足もだらんとしています。

膜を全て取り除き、口の中にわずかにある羊水を吸引し、同様に気道から水を出しました。その後で赤ちゃんの体温を感じない体をガーゼで擦っていると、お母さんワンコはベッドの上に落とされている胎盤を口いっぱいにくわえています。必死に食べているところです。
本能による行動でしょうけれども、まずは胎盤の処理よりも、赤ちゃんのレスキューだろうと思うと、お母さんワンコの脳にプログラムされている「出産の流れ」がちょっと違うんじゃないかな?と非常時にもかかわらず、ちょっとおかしくなりました。

胎盤をある程度食べたでしょうか。それでも全てを食べそうにしていましたので、残りの胎盤をお母さんワンコから取り上げました。もう胎盤処理は十分。赤ちゃんをどうにかしないと。それまで必死に口いっぱいに胎盤を加えていたお母さんワンコが、やっと心配そうに赤ちゃんを気にしています。
お母さんも手伝ってね。お母さんワンコの横に赤ちゃんを置くと、ぺろぺろと赤ちゃんを舐め始めました。赤ちゃんが動き出す気配がないまま、時が進んでいきました。

ぱくっと赤ちゃんの口が1回だけですが、動きました。
どうだろうかな、それっきりか、それともこれから動き出すのか。
たった1回ずつではありますが、ぱくっと、口を開けただけと言うような動きが不規則に続きます。それでも、必要な呼吸数には全く届いていません。
お母さワンコはぺろぺろと赤ちゃんを舐めながら刺激し続けています。

それからさらに時間が経過し、わずかではありますが、ぱくっという動きが増えてきました。期待と言うバイヤスがかかっているので、本当に口を開く回数が増えているのか慎重になりながら観察していましたが、明らかに増えています。

お母さんワンコも僕も、赤ちゃんを刺激し続けます。
すると、ぎーと言う声がかすかに赤ちゃんから聞こえました。
産声とは程遠いものでしたが、少なくとも生まれた直後よりも確認できる生きている反応が増えてきています。

赤ちゃんのぱくっぱくっと口を動かす動作が一定の規則的なリズムに変わってきました。
ここまで来たら、大丈夫かな。
診療が終わり、一人で夜勤をしながら、頑張っているお母さんワンコを称えました。
頑張ったな。きっと大丈夫。

青白くて、ピクリとも動かなかった赤ちゃんが、文字どおりの「赤」ちゃんになり、もぞっ、もぞっと動き始めていました。