日本橋動物病院だより

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先生、また来るよ! – 犬の会陰ヘルニア –

暑い夏が始まりそうな、ちょっと暖かく湿った風が気持ちの準備をさせようとしているようですよ。

初めて来院されたワンコは、しばらくの間ウンチがうまくできずにいました。いわゆる脱腸です。脱腸は色々なところに起こります。ヘソ(臍ヘルニア)、足の付け根(鼠径ヘルニア)、そして、今回のような肛門の横(会陰ヘルニア)です。男の子ですと、陰嚢ヘルニアというものもあります。

かかりつけの動物病院を含め、何軒かの動物病院に治療についてご相談されたそうです。
この会陰ヘルニアの治療は手術です。よっぽど軽い場合を除いては、手術以外の治療はありません。
肛門の横には、縦にいくつかの筋肉がありまして、それらがお尻の壁を作っています。その壁を構成する筋肉自体が弱くなったり、筋肉と筋肉の間に結合が弱くなって穴が空いたりして、そこに脱腸が起こります。
いずれにせよ、弱くなったところに起こる訳ですので、そこの手術はある程度の工夫が必要です。相談をされた、いくつかの動物病院では、そもそもこの手術をされていなかったり、大学病院に行くように言われたりとのことでした。

お父さんが、他では手術しようって言ってくれなかったんだよね、とこぼしていらっしゃいました。お父さんは、いつもお元気そうなお話しのされ方が特徴です。笑い声も大きく、お話をしていると、こちらまで楽しくなって来ます。

まあ、先生、手術をお願いしますわ。
初診なのに、そのまま入院を希望されました。
珍しいことです。初めてのところに、いきなり入院ですから。それでも、まあ、手術しかないことはご存知でしたし、手術できるなら任せようかという家族会議はすでに済んでいた様にも見えました。

あまり悩んでいらっしゃる様子もなく、これで良くなると安心されている様にも見えました。
ただ、この会陰ヘルニアは、獣医師泣かせと言いますか、再手術をしなければならないことが多い手術だと言われています。
どんな場合でも1回で必ず良くなりますよと言えるものではありません。
僕はこれまでに1回だけですが、再手術をしたことがあります。痛恨の極みでしたが、この手術をする獣医師は、インフォームドコンセントの段階で、再手術が必要なことがあることを必ずお話しているはずです。

手術は、日程が混み合っていて、預かった2日後にすることになりました。
いくつかの検査をして、手術の方法を決めました。
ちょっと細かい話になりますが、今回は外肛門括約筋、尾骨筋、肛門挙筋、仙結節靭帯、内

閉鎖筋を使ってお尻に壁を作りました。まあ、一般的な方法だと思います。ときどき細ってわからなくなっていることがある仙結節靭帯が今回ははっきりと確認できたので、そこを中心に縫合糸をかけました。

今回は人工素材は使っていませんが、最近の流行りは、人工素材のシートを使って穴をふさぐと言いますか、壁を作ると言いますか、なのだそうです。
ただ、外科手術をよく行っている先生方は、人工素材に抵抗がある方が多い様に見えます。感染症が起こると、とても大変なリカバリーが必要になるからです。できるだけ、人工素材を使わない方法を選びたいところです。

術後しばらくは、まだウンチの出は正常ではありませんでしたが、次第によくなって行きました。
お父さんとお母さんがご面会に来られました。
お父さんは、良くなったワンコのお尻を見ながら、またよく笑っていらっしゃいました。
色々とお話をしていますと、先生、俺ねえ、先生に手術してもらうの初めてじゃないんだよ。そう言いながら、また笑っていらっしゃいました。
初診でいらしたので、この子ではなく、別のワンコということですが誰でしょうか。
それからそのワンコのお名前を伺ってようやく思い出しました。
全く別件で、別のワンコを数年前に手術をしたことがあります。その時は、目の手術でした。
あー、あの時のお父さんだ!でも…

あの後はお見えになっていらっしゃいませんが、ワンコはお元気ですか?
どうしてるんだろうね、俺もあれ以来会ってないし。
お母さんは、ちょっと呆れ顔でした。訳ありだったんですね。
そしてまた大声で笑っていらっしゃいました。

とにかく今回の会陰ヘルニアの整復手術をしたワンコは元気ですし、排泄もスムーズにできる様になりました。無事に抜糸も済んで、いつもの生活に戻りました。

退院の日、お父さんはまた笑顔でした。
先生、また来るよ!

これからもお願いな。
そう言って帰って行かれました。

おそらく再発はないはずです。お尻の心配はもうしなくてもいいですよ。