日本橋動物病院だより

日本橋動物病院だより

大型犬の腰の痛み

往診で伺ったのは、ずっとずっと前からの患者さんです。

これまでそのお家で飼われてきた、大型犬を5匹見てきました。

今は6匹目の犬君です。

普段は些細なことには動じることなど決してなさそうな、そんな飼い主さんです。

電車で往診に行きました。

突然の食欲廃絶です。

前の日までしっかりと食事を取れていたにも関わらず、特別に何も心当たりがない中で、食べなくなってしまいました。

これまでは予防が中心で、病気ではないことがほとんどでした。

お電話をいただくことは滅多にないために、何かがあったのだということはすぐにわかりました。

はじめて往診をしたときには、大型犬が3匹いました。

大型犬の寿命は小型犬に比べて短めで、代替わりもありました。

僕が往診に行くようになる前には、かつて別の獣医さんが来られていたようでしたが、このおおよそ15年ほどは基本的にはかかりつけとして呼んでいただいております。

かつて印象深いできごとがありました。

4代目の犬君のときです。

寒い冬の夜でした。診療が終わり、出口のドアを開けようとしたときでした。

電話が鳴り、受けますと「犬の様子がおかしいんです。吐きたそうだけど、吐かなくて」

大型犬にこのような症状があると、まず注意しなければならないのは胃捻転です。

突然死が起こりうる怖い病気です。

電車でご自宅まで行き、触診をした瞬間にはっきりと胃捻転だと確認できました。

これは緊急手術が必要です。

そう言って、動物病院まではそのお家の車で向かうことにしました。

首都高を猛スピードで飛ばしてもらいました。

その車内で4代目犬君は車の床を前足で掻いていました。苦しさを紛らすかのように、穴掘りの仕草を繰り返していました。

まだ今ほど手術をした経験も少ないときです。

体重が50kgを超える大型犬の胃捻転の手術は一人では荷が重いものでしたが、やるべきことは一応は分かっていましたので、慎重に手順を重ねますとよい結果が得られました。数日で退院し、その後この4代目犬君は長生きしてくれました。

今回もまず往診では触診から始めました。

6代目犬君は玄関にいますから、いつもは玄関の外(お庭)か中で診察をしています。

今回は玄関の中での診察です。

胃捻転や消化器の病気はなさそうです。

物を食べにくそうにするとのことで、口の中も見ましたが問題は見当たりません。

手足、皮膚、などなど。

首のところから背骨に沿って触診をして行きますと、ちょうど背中の真ん中、腰に近いところで「やめて!」というような反応がありました。

念のために他のところも触ってみましたが、そこだけの反応でした。

椎間板ヘルニアか、馬尾症候群か、またはそう見える他の病気か。
本来ならば来院してもらい、X線検査をしたいところですが、触診、問診、聴診、視診などの検査機器を使わないことでできるだけ病気に迫ることは、まずどの場合でも必要なことです。
大型犬ですので、椎間板炎も考えておかなければなりません。

飼い主さんの中には、どうぶつにみられる異常について、原因は何だろうかと心当たりをお持ちの方もあります。

今回は食欲廃絶です。よく食べていたのに、突然全く食べなくなってしまっています。

しかも往診先ですから客観的な評価である検査結果を元にお話することもできません。

僕の主観でお話をしているように見えてしまいます。

このときに気を配るのは、飼い主さんのお考えと、僕が診察をした結果との乖離がどれくらいあるかとうことです。

飼い主さんは胃腸の問題を考えられていたとして、僕がいきなり椎間板ヘルニアかも知れないと言いますと、きっとあれっ?本当?となることでしょう。

なぜ飼い主さんが胃腸の病気と思われたか、僕がなぜ椎間板ヘルニアのような病気と考えているかを解きほぐす必要があります。

背中を丁寧に触診しますと、痛みや違和感で6代目犬君が振り向くところがあります。

そこは何回か触診をしても決まったところです。

飼い主さんは僕の診断に疑問をお持ちではなさそうでしたが、椎間板ヘルニアは想定されていないことではあったようでしたので、考えをお話ししました。

6代目犬君は生まれてからの2年間を海外で過ごし、その間に特別なトレーニングを受けました。ある程度のことは我慢してしまいます。

そのことを飼い主さんも僕も知っていますので、背中を触診していると犬君がする反応が痛みか何かだろうということはすぐにわかります。何もないようには見えません。

それが同じところで起こりますので、痛いのはここですねと、お話ができました。

点滴をして痛みを取り除く治療をしました。
次の日も同じように治療をしました。
2日目にはかなり良くなっていまして、食欲も出てきました。
治療前にお母さんがボイルした肉を犬君の前に出されますと、昨日までの、何をあげても欲しがらないのとは違い、待ってましたと言わんばかりの旺盛な食欲で完食してくれました。
その様子を見られて、昨日とはまるで違う、元気になったみたいと喜んでくださいました。
思うのですが、多くの飼い主さんは食事を取らない犬をみてとても心配されますし、犬が何かを食べてくれますととても喜ばれます。この喜ばれ方というのは、他のこととは段違いです。行きたいという姿だったり、元気になったんだよという表現だったり、それらを見せてくれたことへの喜びの大きさは他に比較できるものはありません。

まずは飲み薬に変えて治療をもう少しだけ継続することにしました。
数日後、すっかり元どおりに戻った様子をお電話で報告いただきました。

検査機器を使って調べてはいませんでしたので、他にどのような異常があるかわかりませんでしたが、まずは一安心です。
普段は気丈なお母さんの笑顔も見ることができましたので、それが何よりでしたよ。