猫さんの皮下気腫
少し寒くなりましたね。
雨が降ると長袖シャツが欲しくなるくらいです。
この時期は晴れると一気に気温も上がりますから、お家の方も、どうぶつ達も体調管理に気を遣いますね。
猫さんの避妊手術をしました。
生後半年以上ではありますが、小柄の猫さんです。
発情期になって、食欲が落ちているということで手術をすることになりました。
ストレスに一際弱いということで、日帰りすることになりました。
通常は、この手術の後は経過を観察するために1泊していただいておりますが、術後の経過も問題なかったので日帰りでも大丈夫だと判断しました。
手術が終わったのが午後2時ごろ、お帰りが午後7時30分ごろでした。
次の日の診療開始時間に、この猫さんが来院しました。
皮下気腫を起こしています。
これは喉から肺までのどこかに傷ができており、そこから空気が皮膚の下に漏れ出たときに起こる現象です。
避妊手術をするときには、気管チューブという管を気管に入れます。
ストローよりも太い、それでいて柔らかい管です。
この管は気管よりも細いわけですが、気管との間に隙間があると、しっかりと呼吸を管理できません。そこで、この管の途中にカフと呼ばれる小さな風船が付いていまして、気管チューブと気管の間の隙間がなくなるようになっています。
猫さんは気管の背中側が弱いですので、カフの圧によって傷が付いたのかも知れませんし、挿入口である喉に傷が付いたのかも知れません。
猫さんの避妊手術の実績は1000件を超えていますが、始めてみる現象でした。
そもそもの原因はどうであれ、飼い主さんはとても心配されていますし、僕にとっても想定外のできごとではありますから、事前にこのことについて起こり得ることとしてのお話できていなかったことを含めてお詫びしました。
責任を持って治療させていただきます。そうお話をして、入院してもらうことにしました。
もともと、飼い主さんのご実家に行くだけでも食事をしなくなる猫さんです。それなので、避妊手術でも日帰りすることになった訳ですが、今回は入院が必要になりました。こちらで回避策を講じることができたかは何ともですが、ご家族の心配を思うと、想定外のことにとにかく申し訳ないという気持ちでお預かりしました。
飼い主さんもお家にいてもできることはないし、心配だからと入院のご希望でした。
通常、皮下気腫の場合には呼吸困難やチアノーゼなどの症状がなければ自然に治るとされています。この猫さんには、そのようなことは見られませんが、一つだけ問題なのは、食欲がないことと嘔吐が見られることです。
この嘔吐が何から起こっているのか。
食べないから胆汁が逆流を起こしているのか、喉にも問題があるのか。
手術直後だからか、発情期の影響か。
手術前から食欲不振で、いつもの半分くらいしか食事を取らなくなっていましたから、そのことが原因かも知れません。
会話をすることができませんから、客観的にわかることから判断をしていかなければなりません。色々と検討して使うべき薬を選びました。
皮下気腫は自然に治るのを待っても良さそうです。
舌の色もいいですし、呼吸も安定しています。
ここに問題があれば、手術をして傷を塞がなければなりませんが、少なくとも今はその必要はありません。
今解決したいのは、食欲不振と嘔吐です。
しっかりと食べてくれれば、気道の傷が治るまで待ちましょうとなるのですが、もともと小さな猫さんですから、食べないとそれだけでも体力の消耗が気になります。
一般的には気道の傷が治るのはおおよそ1週間くらいとされています。
しかしながら1週間もこの猫さんが食べないとしたら、栄養障害が起こる可能性があります。
ご来院の日が休診日でしたので、朝からずっとつきっきりでした。
あまり刺激を与えたくはありませんが、あまり時間をあけずに様子を見るために、頻繁に部屋を覗きます。じーっとしゃがんだままだったり、少しだけ動いていたり。
その間、何回か嘔吐が見られました。
吐き気を抑えるお薬が十分に効いていません。
食事も水も摂ってくれませんので、点滴が必要でした。
翌日には少しだけですが食べてくれました。
缶詰のフードをティースプーン1杯程度です。
このまま食べる量が増えれば大丈夫かも知れない。そう思いましたが、程なくして吐いてしまいました。
さらに次の日、ご来院から3日目になりますと、食べる量と回数が目に見えて増えてきました。
それでもまだ十分ではありません。
大きな改善点は、嘔吐が見られなくなったことです。
お薬を変えたことが良かったようで、胃腸を動かしながら嘔吐を抑える薬に反応してくれました。
夜にご夫婦でご面会に来られ、そのときのご相談の結果、一度帰ってみることになりました。
様子が落ち着いてきましたから、一度慣れた環境に戻ってみましょうかということになりました。
退院の翌日はご来院はありませんでしたが、その次の日には来られ、元気になった様子を伺うことができました。帰ったら元気が出たみたいで♪缶詰フードを食べてくれました。吐いてもいません。
これからどれくらいの時間で食事の量が元どおりに戻るかがとても大切なことですが、冷静な飼い主さんと期待どおりに治っていってくれている猫さんを見ますとホッとします。
この動物病院の獣医師という仕事で「嬉しい」ことは少ないかも知れません。少なくとも、僕の場合は。
どちらかと言いますと、任された責任を懸命に果たすことに集中しますから、よくなって元気になってくれますと、そこにある気持ちは「嬉しい」というよりも、ホッとした、一応の責任は果たせたという「安堵感」でしょうか。
命に関わる場面では、人はやるべきことをやって、その後は神様の仕事ということもありますから、全てを人の方でどうにかしようとすることはおこがましいのかも知れません。
特に手術の場合にはこのようなことが多くあります。
骨折の手術でも、その他の整形外科手術でも、消化器外科でも、何でもそうです。
その場ではうまくできたと思いますが、結果は2週間から2か月もしないとわからないこともあります。それまでは、何回か胃の痛い思いもありますが、結果として治ってくれると本当にホッとします。
今日、その猫さんが避妊手術の抜糸に来ました。
そうだったな、この猫さんは避妊手術をしたんだったな。それよりもずっと色々なことがあったので、忘れてしまいそうになっていました。
もちろん元気いっぱいで、ご家族の方からも以前のとおりになりましたとご報告いただきました。