うれしいこと。
雨ですね。ちょっと冷たい。それも昨日はずっとでした。
今日もそうでしょうか。
桜の開花宣言から数日が経ち、お花見を心待ちにする頃の冷たい雨は、もう手が届きそうなところまで来ている春に、少しだけ遠くに離れられたような気になります。
うれしいこと。
この仕事をして、うれしいことは何ですか?
と言われた場合、それは一つの評価をいただいたときかも知れません。
病気が治ったとき。
このときの気持ちは、うれしいとは違います。
お任せいただいた責任を果たすことができたという安心感、安堵感を言いますか、ホッとするというような言葉が当てはまります。
その子が生きていく中では、また大小何らかの病気や怪我が起こることがあるでしょうから、お任せいただいた場合には、その都度しっかりと向き合って、ちゃんと治してお返ししたいという思いがあります。
年が明けてからですが、お別れをした子があります。
おばあちゃんダックスちゃんです。
近所にお住まいでした。
ダックスちゃんは、とても心配性のお母さんと一緒に暮らしていました。
皮膚に大きな腫瘍があり、幸いなことに良性ではありましたが、人の拳ほどの大きさにまでなりました。「手術」という言葉は、お母さんの心拍数を一気に急上昇させてしまいます。
そうなりますと、そこから後は、僕が何をお話ししても、きっとお母さんの耳から入っていくことはなくなります。
そんなある日、どうしても取り除きたいと言われるので、ご予約を受けた後で手術という運びになりました。しかし直前にキャンセル。やっぱり決心がつかないようです。
それからしばらくして、再度、手術のご希望がありましたが、きっとお母さんだけでは負いきれないのではないかと思いまして、できればご家族の方も一緒にお話をさせて頂きたいと申し出ました。
遠く関西の嫁ぎ先から、新幹線に乗って娘さんに来ていただきました。
そんなに遠くからいらっしゃるとは思ってはいなかったのですが。
お二人の前で手術のお話をして、承諾を得ることができました。
高齢のダックスちゃん。
どうにかでいないかというお母さんの思いもありますし、さらに関西から娘さんに来ていただいたのに、よい結果でお返しできないということはあってはいけません。
僕の心拍数もきっと上がっていたかも知れません。笑
事前準備をきっちとしてから麻酔をかけて、慎重に、慎重に。
何か危ないサインがあれば、すぐに中断する用意をしながらの手術でした。
無事に手術は終わりましたが、このダックスちゃんは腎臓の機能がかなり低下していることが手術前の検査でわかっていましたので、手術の後からはその腎臓の治療をすることもはじめからお話をしてありました。
関西からお越しいただいた娘さんは、ダックスちゃんの手術のしばらくはお母さんと東京で過ごされました。
嫁がれて何年も経つ娘さんとの親子水入らずは、測らずもこのような形で実現しました。
もしかすると、このようなことがなければ、なかなか難しいことだったかも知れません。
拳ほどの大きさの腫瘍と直前に追加でご依頼のあった他のできものも取り除き、相当楽になったと思います。
それから腎臓の治療をはじめました。
慢性腎不全。
治ることのない病気です。
犬でも猫でも高齢になると多く見ます。
結構な悪い数値が治療前から出ていましたから、いつまで長生きできるでしょうか。
そう思いながらの治療でした。
年末も年始も、治療のために来院いただき、「よいお年をお迎えください」とご挨拶した次の日には、「あけましておめでとうございます」でした。
それからしばらく頑張ってくれて。
ほぼ毎日のように通っていただきました。
今日のように雨の日もありましたから、ご近所とは言え、大変だったと思います。
ダックスちゃんのいろいろな変化に僕もお母さんも一喜一憂し、おいしい好みのものをたくさんあげていただきました。
点滴の間、お母さんにもいろいろなお話を聞かせていただきました。
世間話です。人生の先輩のお話、面白いお話がたくさんありました。
食事を摂らなくなってしまったダックスちゃん、そろそろかな、そう思う頃、また関西から娘さんに来ていただきました。
お母さんだけでは受け止められないかも知れない現実があります。
1週間の予定で帰郷された娘さんが、また関西のご自宅へお帰りになった次の日に、ダックスちゃんはお母さんのいる前で息を引き取りました。
この1週間だと思いますよ。
そうお話をしていましたので、お母さんはお家をほとんど空けずに、お家にいらっしゃいました。お母さんの目の前でのできごとでした。
何にも苦しまなかったの。
そのようにご報告いただきました。
お母さんには及びませんが、僕にとってもお別れはとても寂しいものです。思い入れもかなりありますので、一層のことです。
お別れをして、毎日のようにお会いしていたお母さんにも会わなくなり。
それからしばらくして、先日の休診日のことです。
急患の診察が終わったとき、急患の患者さんと入れ違うようにそのお母さんが来られました。
先生! 新しい子が来ることになったの!!
そうお話されました。
いつからですか?どんな子ですか?
まだいろいろとわらなくて。という応えでした。
息子さん、娘さん、が、あまりにもしょんぼりしているお母さんを見かねて、新しい子を探してくださったということです。
この動物病院から足が遠のくのも寂しいし。
そう言ってくださいました。
長い間の闘病生活。
楽しい思いよりも、辛いことが多かったのではないでしょうか。
できればその思いを遠ざけておきたい。
そう思われることもあるのではないでしょうか。
でも、嬉しそうに笑顔でそうお話くださるお母さんがありました。
また連れてくるわね。
このような時、ひとつの責任をどうにか果たし、それなりの評価をいただいたような気になってしまいます。うれしいとき。
またしっかりと、ご期待にお応えできるようにしますよ。
ご期待どおりではないときには、しっかりとお申し付け下さいね。
必ず沿えるようにしますから。
楽しいお話の続きをまたたくさん聞かせてくださいね。